- パソコンの画面には題名がでかでかと、読み上げる男 。
- 男
- 「僕の日記、とは名ばかりの、僕の命ごい」
「6月1日。雨だ。真夜中をすぎた時から降りだした。ところで、僕は今日から一人で暮らすことになった。自立するにはまだ早いみたい。世間的に。だけどしょうがない。タバコを買いに出かけたまま帰ってこない。原因なんて知らない。あるのかないのかも。ってなわけで。この先の一ヶ月の家賃は運良く支払い済み、みたいだから僕には一ヶ月っていう猶予が出来たわけ。電気、水道、電話も、まぁこの一ヶ月ならなんとかなるって。というわけで、これは一ヶ月限定のブログになるのだ。同情された方、共感された方、書き込んでみてください。そして何よりも救済してくださる方、匿名でもいいので、募金なんて心温まるものをくださるなら、こちらの口座まで。僕の唯一の銀行口座。決していたずらではありません。これは、そう。ブログなんてかっこよく流行りを使っているけれど、はっきり言って僕の命ごいです。僕の命が一ヶ月以上続くように、僕は全世界の皆さんに発信しつづけます。これは決していたずらではありません。それでは一ヶ月後、僕が泣いているのか、笑っているのか、さぁ、僕にも分からない。雨は、まだ降っている。こうなると、部屋のど真ん中に雨漏りがひどい。だからコウモリさしている」
- 女
- なぁに?何見てるの?
- 男
- ん?暇つぶし系。
- 女
- 何それ。
- 男
- 何だろ、流行ってんだろ?ブログの女王とかなんとか。
- 女
- へぇ。面白いのでも見つけた?
- 男
- 面白いか、えーこれどうだろ?どう思う? 。
- 女
- ふうん。うまくいったのかしら?
- 男
- え何が?
- 女
- 命ごい?
- 男
- 6月30日、今日、僕はとうとう。
- 女
- トウトウ?
- 男
- 唐突に終わってる。駄作ブログだなこれ。
- 女
- なぁんだ。分かんないのか。
- 男
- 最後?
- 女
- そ。泣いてるのか、笑ってるのか。
- ぽつり 。
- 女
- …あっ。
- ぽつりぽつりと雨
- 女
- やだもう。
- 男
- 洗濯モン?
- 女
- だからやぁよ。
- 男
- 俺好きだけど。
- 女
- 雨が?
- 男
- 梅雨のさ、ジメっとした感じとか。
- 女
- ね。
- 男
- ん?
- 女
- もしかして、しちゃってるんじゃない?
- 男
- 何が?
- 女
- 音。
- 男
- 雨だろ?
- 女
- 外のことじゃなくて、しー。
- 男
- しー…
- 静かにすると、ぴちゃんぴちゃん、たしかに雨漏り。
- 女
- ほら。
- 男
- うわ
- 女
- 最低。
- 女
- 新築だろ、ここ。
- 女
- あれ取ってこなきゃ。
- 男
- ああ、あれ、そう悪い、バケツ取って。ここらへんから漏れて…
- 男がその音で振り向いた
バサ、コウモリを部屋の中でさす女、男振り返って
- 男
- え?
- 女
- え、何?
- 男
- 雨漏りっつたらバケツだろ?
- 女
- え、うそ、普通はさすでしょう、コウモリ。
- 男
- …そうなの?
- 女
- あやだぁ。
- 男
- え?
- 女
- タバコなくなっちゃった。買ってくるねぇ。
- 男
- ふらりと。コウモリさして雨の中。後ろ姿が消えそうに。
- かたかた、男もパソコンに向かってキーボードを打ち始めているかもしれない
- 男
- 振り返って光る画面の中には、「僕」とか言うやつがべらべらと言葉を並べている。1年前の6月の日付。俺たちが出会った日とたまたまさ。なんて強がってみたけど、なぜだか胸が騒いで思わず爪を噛む。今日の後ろ姿を追いかけなかったことをずっと後悔するのかもしれないと思ったりして。だってさ。実のところ、僕はお前を知り尽くしているわけじゃないからね。一ヵ月後、俺のほうがこんなブログを書いているかもしれない。「俺の日記、とは名ばかりの、俺の未練たらたら」
- おわり