- 駅の線路に沿って植えられた桜並木がある。
その中の一本だけ、満開に花をつけた桜があった。
終電の終わった深夜、その桜を目指して二人の男女がやってくる。
- 女
- ほんまや・・・。
- 男
- な。
- 女
- ほんまに、ほんまや。なんで?この子だけ満開やん。
- 男
- 見つけた時は、夢見てんのか思た。ここ通る人、いっこも気ぃ付いてへんみたいやし。
- 女
- なんでやろ、こんなキレイに咲いてんのに。
- 男
- すぐそこ駅やから。
- 女
- から?
- 男
- みんな目的あるし、急いでるし。目に入っても、見えてないんかもな。
- 女
- もったいないなぁ。
- 男
- せやなぁ・・・ほんなら、一足早いお花見っちゅうことで、まま、一杯。
- 男はコンビニの袋から缶ビールを取り出す。
- 女
- ありがとう。それじゃ、遠慮なく。
- 男
- おでんもあるで~。
- 女
- おおっ!気が利くねぇ。
- 男
- 最後やしな。
- 女
- ・・・最後って、また会えるやろ。
- 男
- 今やったら、電話して「桜咲いてんでぇ」って言うたら、こうやって会えてたけど、
これからは、タクシー飛ばしたって会いに行かれへんねんで 。
- 女
- そやね・・・。
- 男
- ・・・この桜見たときな、あんたやって思った。
- 女
- 私?
- 男
- あんたは自分で、正しいって思う時期に咲いてる、他がどうとかそんなんやなしに。
でもちょっと早いねん、もう少しゆっくりのんびり咲かせたらエエねん。
見てくれる人、少ないのにもったいない。
- 女
- でも、こうやって見つけてくれる人もおるやん。
- 男
- 早く咲いたら、早く散るねんぞ・・・。
- 女
- 大丈夫やから。
- 男
- 何が。
- 女
- 大丈夫やって。
- 男
- 大丈夫って、何がどう大丈夫やねん。
- 女
- 向こうに行ったら、もう少しのんびりやってみようって思ってるし。
- 男
- それがエエ、絶対そうしてや。そんでまたいつか一緒に仕事しよな。
- 女
- なーんか、ここだけ春みたいやな。
- 男
- ・・・風邪ひくなよ、ちゃんとごはん食べろよ、歯磨けよ。淋しくなったら連絡してこいよ。
- 女
- お前もな。
- 男
- そんなん言うたら、毎晩電話すんで~。
- 女
- それはカンベン。
- 二人は顔を見合わせ、照れ臭くなって笑ってしまう。
- 男
- へへへ・・・。
- 女
- フフフ・・・。
- 男
- あ、おでん、おでん食わな冷めてまうわ。
- 女
- 食べよう食べよう。
- 男
- いただきまーす。
- などなど言いながら、二人の宴はもう少し続くようだ。
- END