- カランカラン
古い喫茶店のドア
- ママ
- いらっしゃーい。 ママの声はとっても野太い
- ママ
- あら僕一人?あとからママ来るの?パパと待ち合わせ?
- 大人
- 一人で…
- ママ
- お金持ってるの?
- 大人の僕はじゃらんとカウンターにお金を出して
- ママ
- 持ってりゃいいのよ。何にします?ミルク?コーラ?オレンジジュース?
- 大人
- コーヒーを。
- ママ
- ミルクコーヒーね。
- 大人
- コーヒーを。
- ママ
- コーヒーミルクね。
- 大人
- ブラックで。
- ママ
- あらまー、ちょーっとまだ僕には早いんじゃないかしら。
- 大人
- 350円。
- ママ
- うん?
- 大人
- 払えばいいんでしょ。コーヒー、ブラックで。
- ママ
- ちょっと!あんたちょっとお待ち!
- 大人
- え?
- ママ
- 払えばいいってもんじゃないよ。そりゃお金第一よ。長いものにも巻かれるアタシよ。
だけどね、こっちは違いの分かるお客を相手に商売して何十年。鼻たらしてる僕ちゃんに分かる?
このアタシ のコーヒーの味が、深みが、良さが、香りが。あんたウチの店の名前分かってる?はい読んでごらん。
- 大人
- 大人のコーヒー屋。
- ママ
- よくできました。分かった?ミルクコーヒーでいいね?
- 大人
- おじさん何言ってんの?だから、その大人のコーヒー、ブラックで!
- ママ
- あんた人の話全く聞いてないね。しかも今大きな間違いしでかしたね。
- 大人
- あのさ、僕、お客なんだけど。早く出して。
- ママ
- 消費者になれば一人前だってすぐ勘違いするんだから最近の子は。
大人になんなきゃ分からない味ってもんがあるの。今飲んだってね、苦いだけよ。大人になってからお飲みなさい。
- 大人
- だから今飲むんだよ
- ママ
- はい?
- 大人
- 飲みきったら、大人になるんだから。飲みきったら、大人になれるんだから。
- ママ
- ?何よ僕ちゃん。
- 大人
- 早くなりたいから。大人がすること、全部するんだから。
野太い声のママは、コポコポ、暖かいコーヒーを僕にいれてあげる
- ママ
- そこまで言うなら試してごらんなさいよ。ブラックで。
コトリとカウンターに置かれたコーヒーカップゆっくりと、大人になりたい僕は一口飲んでみた
- 大人
- …まずい。
- ママ
- 苦いって表現するのよその味は!
- 大人
- …飲みきれるかな…
- ママ
- 残すんじゃないわよ。
- がんばってゴクリとまた大人になりたい僕はコーヒーを飲み込む
- ママ
- ねぇ、僕ちゃん。飲みきって大人になったとして、あんた何したいの?
- 大人
- …一人で、生きる。
- ママ
- は?
- 大人
- 誰にも、頼らずに。大人になったら、あの家を出たって、いいんだ。
- ママ
- ああん、そうねぇ。
家を出たから大人になるのか、年くったからなるのか、税金払ったらなるのか、ブラック飲めたらなるのか・・・
言われてみれば、そうね、これ、結構苦い問題だわね。
- ごくり、大人になりたい僕はまた一口我慢して飲んでみた
- 大人
- うわぁ。やっぱ苦いやぁ…
苦いのを我慢して、僕らは大人になっていくのだろうか
- END