- ある日の夕暮れ女が家に帰ると、男は冷蔵庫の前で座りこんでいた。
- 女
- ただいまぁ。ねえ、洗濯物、干しっぱなしになってるわよ。
- 男
- シィー(静かにの意味)。
- 女
- その小汚い冷蔵庫、どしたの?
- 男
- えと、そのう・・・知人にもらった。
- 女
- もらった?どうして、家にちゃんとしたのがあるじゃない。
- 男
- ・・・咳払いするんだって、この冷蔵庫。
- 女
- 冷蔵庫が咳払い・・・は?
- 男
- ンンン(痰がからんだ時のような咳払い)、て。
- 女
- 冷蔵庫が。
- 男
- はい。
- 女
- それで、洗濯物も取り込まず、ごはんの用意もせずに、咳払いするのをじっと座って待ってたわけ?
- 男
- だって聞きたいでしょ?冷蔵庫の咳払い。
- 女
- そんな病気の冷蔵庫うちに持ち込まないでよ。風邪がうつったらどうしてくれんのよ。
- 男
- 家電は風邪ひいたりなんかしないって。
- 女
- わかってるわよ、そんなこと。
- 男
- 考えられるのは、モーター関係の異常なんだけど・・・その咳払いを聞いてみるまではなんともねぇ。
- 女
- ・・・知ってる?リサイクル法で、その冷蔵庫を捨てるのにもお金かかるのよ。
- 男
- 捨てませんよ、こんな貴重な冷蔵庫。
- 女
- 家事を全部やるから、会社を辞めたいって言ったのよ。だから、私たちそういう約束で暮らしてるはずでしょう。
- 男
- でもね、この冷蔵庫は、ボクの研究を一歩深める可能性を秘めているわけですよ。モーターの振動における、
- 女
- もういい、外食してくる。
- 男
- あ、うん、ごめんねー。
- 女
- 食費ちょうだい。
- 男
- え・・・。
- 女
- え、じゃなくて。私、あなたに食費渡したよね。あなたがごはん作れないんだったら、
それは食費から出すべきじゃなーい?
- 男
- それが、えと、もうない、かなぁ。
- 女
- ないって、今月分もう使っちゃったの?
- 男
- それが、その・・・冷蔵庫を・・・。
- 女
- 冷蔵庫を?
- 男
- 譲ってもらうためにぃ・・・。
- 女
- あなた、さっき「もらった」って言わなかった?
- 男
- 怒られると思って。
- 女
- ・・・。
- 男
- 怒ってるよね。
- 女
- 要らないって返してきて、その知人さんに。
- 男
- 無理だよ。
- 女
- どうして無理なのよ。
- 男
- 北海道 に引越すって、その引越のトラックでここまで運んでくれたんだ。新しい住所はまた知らせるってさ。
- 女
- ・・・騙されたのよ、あなた。
- 男
- 騙された、騙されたの・・・そんなぁ・・・。
- 女
- 私より泣きそうな顔しないでよ。
- 男
- だって、騙されたのはボクで、キミじゃないんだから、泣きそうになったっていいでしょ。
- 女
- 汗水たらして稼いだお金を、あっけなく奪われてしまう夫をもった妻はもっと悲しいわよ。
- 男
- ・・・そうだね。
- 女
- ・・・ホント、仕様のない人。
- 男
- すまない・・・。
- 女
- 今度からは、相談してね。
- 男
- うん、ごめんね。洗濯物入れてこようかな
- 女
- 私も手伝う。
- ベランダに向かう二人。
- 冷蔵庫
- んんん(低い咳払い)・・・。
- 女
- 今 、
- 男
- うん。
- END