- オフィス。
午後いちばん。
- 男
- ……さっきさあ、10階の社員食堂でメシ食ってたんだけど。
- 女
- ええ。
- 男
- 俺、窓際の席に座って食ってたんだよ。で、そのときこう、横の窓は開いてたんだけど、
- 女
- ええ。
- 男
- こうまあ、ビル風が吹き込んでくるわけよ。でまあ、俺こう、定食のおかずに、うまみ調味料かけてたんだけど。
- 女
- あの、味の素みたいな。
- 男
- そうそう。こう、うまくしようと思って、俺好きだからさあ、かけてたのね。
そしたら、ちょうどこう、窓から風が吹き込んできて。
- 女
- ビル風が。
- 男
- そうそう。突風みたいなのが吹き込んできて。
こう、10階だから風強いじゃん。
でしかも、うまみ調味料って、あれなんとなくこう、風に乗りやすくない?
- 女
- あー、確かにまあ、粒子がこう、軽いっていうか、
- 男
- そうそう、塩とかよりこうふわっとしてるから、それがこう、俺がかけたときにちょうど突風にあおられて、となりの人のおかずに、かかっちゃったんだよ(笑)。
- 女
- うまみ調味料が。
- 男
- こう、かるーく、うまみを足した形になったんだよね、はからずも(笑)。
- 女
- それ、気まずくないですか?
- 男
- 気まずい気まずい。だって知らない人のおかずを、うまくしてるからね、俺。
- 女
- 謝ったんですか?
- 男
- 謝ったっていうか、まあこう、会釈みたいな感じで。
- 女
- あー。
- 男
- いやだってさあ、微妙なんだよね。曲がりなりにも、うまくしちゃってるわけだから、まずくしたわけじゃないから。
だからなんとなくこう、
差し出がましいことしてスイマセン、みたいな。
- 女
- 向こうはどんな感じだったんですか?
- 男
- 向こうはねえ、なんか複雑な感じ。
- 女
- 複雑。
- 男
- こうなんていうか、一応、ムッとはしてるんだけど、だけどうまくはなってるから。
こう、腹立つけどうまみは足されてる、みたいな。
- 女
- あー、うまくしやがって畜生、みたいな。
- 男
- うま腹立たしい、みたいな、そういうなんていうか、実に複雑な感情になってんだよね。
表情すごい、難しそうだったもん。
- 女
- あー。
- 男
- (笑)だってさあ、たとえばこう、それが七味とかだったら、風でかかったときでも
怒りの感情作りやすいじゃん。なに辛くしてんだこのヤロー、っていう。
だけどうまみだからね。グルタミン酸とかだからね。気まずさもなんか、微妙なんだよね。
「俺うまくしちゃったけど、ひょっとしていいことしたのかも」みたいな。
っていうかさあ、うまみ調味料って風に乗るんだね。俺、それびっくりした。
かなりこう、ファーっと風にさらわれていったからね。あんまり、見たことないでしょ。
うまみ調味料が風にさらわれるとこって、見たことないでしょ。
(笑)そしてそれがとなりの人にかかって、気まずいっていう(笑)。
- 男、ひとしきりしゃべって、満足。
- 女
- ……私あれなんですよ。さっき、ひき逃げ見ちゃったんですよ。
- 男
- え……マジで?どう、どう、え、すごいじゃん。え、どういうこと?
- 女
- 私しかも、ナンバー覚えてるんですよ。
- 男
- マジで!いやいやちょっと、どこで?っていうか、俺の話より全然すごいじゃん。
俺の話全然どうでもいいじゃん。それ言ってくれないと、俺ずっとしゃべってたから。
え、待って待って、どういうこと?どこで? ・・・
- END