- 花の香りがするのは、ソファに腰掛けているその花嫁のせいだろう
- 花嫁
- 何にかけて誓おうか、何にかけて誓おうか。今まで誓ったことなどあっただろうか。準備が出来たら柔らかなヴェールをおろして、ちょっとドレスのすそを揺らしてみる。白く光るヒールのつま先そろえて、ブーケの香りを胸いっぱい吸い込んで。そうして、ほんの少しの間目を閉じてみる。
長いまつげの先にたくさんの想いのっけてゆっくり閉じてみる。
- 花嫁が目を閉じると人々の祝いの声も、笑い声も、話す声も、すべてが止まるのだ
- 花嫁
- 何にかけて誓おうか。まぶたの裏側ヤミノナカ。浮かんでくる全てのものに。例えば、春のピンク色の桜にかけて誓う。真夏の緑に誓う。秋なら枯葉のセピアに誓う。冬の朝、銀色に光る雪に誓う。
- 瞼の裏にぐるりと浮かぶものをゆっくりと眺めるように花嫁はもう少し自分と向き合うのだ
- 花嫁
- 何にかけて誓おうか。例えば、地球を七週半する雷に。ひょっこり顔出す朝日に。それによく似ている目玉焼きに。甘いカフェオレに。グラスについた水滴、その水玉に。昨日の夜、飲みすぎた缶ビールに。夜道を照らす街灯に。朝一番に動き出す始発の電車に。手紙を届けてくれる郵便屋さんに。おしゃべりなお隣さんに。楽しい友人たちに。母の微笑みに、父の背中に、鏡に映る私自身に。今まで出会った全ての人々に。これから出会う全ての人々に。私の目に映る全てのものに、この命かけて誓う。
- 目覚ましのように、何かが花嫁を呼んでいる
- 花嫁
- ひとつ小さく深呼吸、そうして私はゆっくり目覚める。私の瞳が光をとらえたら、ほら、もうすぐ始まる次の一歩。それ踏み出すときはあなたと一緒。きっといつまでもあなたと一緒。
- 花嫁を呼んでいるのは始まりのリンドン、リンドン
花嫁の登場を待つ教会の鐘だ
- おわり