- 男・ラジオドラマ、タイトル、飛行機乗りの告白
- えっへん。
- 地上の君よ、聞こえるかい。
- 今日もまた、ゆうゆうと空をゆく。
- ご存知僕ぁ、飛行機乗りだ。
- 空ってのはいいもんだ。
- 本当に、いいもんなんだ。
- 昨日なんかは素敵だった。
- ふと目をさませば星の群れのまっただ中だ。
- 彼らにとっちゃ飛行機なんぞ珍しくないはずなのに、精一杯まとわりついてくる。
- 薄い鉄板の羽に、星がぎっしり張り付いて、ぺかぺか光るのだ。
- 君、見えたかい?
- 昨日だけ、月にも負けぬ大きさの星の固まりが、東の空に見えたはずだ。
- その中心はこの僕だ。
- 夢のようだが本当の話だ。
- ご存知僕ア飛行機乗りだ。
- 自由気ままに憧れて、道無き空で操縦士をやってる。
- こないだ トあるデパートのチラシを巻いた。
- 空から何千何枚と、都会めがけてばらまくのだ。
- 紳士靴が半額だそうだ。
- そういや靴なんて随分買ってない。
- そりゃそうだ、僕は飛行機乗りだもの。
- 地面をけって踵を減らす事もない。
- デートのお誘いさえあらば、新調だってするけれど、
- 今んとこその予定も無い。
- ところで君、君のシューズボックスは、色んな靴で一杯なんだろう。
- 華やかな君だもの、そりゃもう沢山持ってんだろう。
- いや何、羨ましいわけじゃない。
- …ちょっぴり、苛立たしいだけだ。
- 実は僕は、飛行機乗りになりたかったわけではない。
- 飛行機そのものになりたかった。
- だから少年の僕はよく、両手を広げて走ったものだ。
- 河川敷に、人影寂しい大通り。
- 小さな僕が離陸するのに、必要だった加速力は、
- 学校帰りのそれらの場所で作られた。
- きっと教本さえあれば、いいとこまで行ったはずなのだ。
- まだ身軽なあの頃に、僕は飛べたはずなのだ。
- 今はエンジン積んで飛んではいるが、
- 操縦桿を握るのを知らなかった日の僕は、
- エイッと地面をけったなら、たちまち空に舞い上がる、
- そんな素敵を信じてた。
- あの日とある喫茶店で、
- 恐る恐るしたこの馬鹿な話を、
- まあ私も!と目を丸くしてくれた君が、たまらなく嬉しかったのだ。
- 地上の君、僕ぁついに心を決めた。
- どうぞ驚かずに聴いてくれ。
- 僕ア、君が、好きなのです。
- たまらなく好きになっちまったのです。
- こうしてゆうゆう空にいるけれど、心は君のもとにある。
- 心は、君のもとにある。
- つまりハンドル握るこの僕の、中身はまさしく空っぽだ。
- …どうぞ笑わんでくれたまえ。
- ただ、後生ですから、ほっぺを真っ赤にあからめて
- まあ、私もです。
- と、小さくつぶやいてほしいのです。
- そしたら僕は、格好よく、君のもとに舞い降りて、
- 骨を埋めるその日まで、
- 君と過ごす事が出来るのだ。
- こうして、空に憧れた少年は、
- 君に恋して大人になり、
- 今や地上に憧れる、ちっぽけな飛行機のりだ。
- …どうぞ笑わんでくれたまえ。
- ただ、ほっぺを真っ赤にあからめて
- まあ、私もです。
- と、つぶやいてほしいのだ。
- どうだろう。どうだろう。
- おわり