- 少年
- へっくしょい。
- クラスに一人はいる、真冬でもまだ半そでの男の子
- 少女
- あいつってば12月になってもまだ半袖、半ズボン。見てるあたしの方まで寒くって、つられて、へっくしょい。
- 少年
- 長袖着てるくせにくしゃみかよ。
- 少女
- 「前へならえ」の先生の声も無視して、あたしにイヤミをひとつ。
- 少年
- あー、長いだろうなぁ。校長センセの冬休みの前の心得ってやつ。
- 少女
- 終業式が体育館で助かった。運動場ならあいつってば絶対鼻水たらしてる。
- 少年
- なぁなぁ、お前のその上着ちょこっと貸してみ?
- 少女
- 「前向いてよ」って小声で言うのが精一杯。だから名前順の並びかたってイヤ。絶対あいつが隣だもん。
- 少年
- なぁって。5分でいいから貸してみ?
- 少女
- ぐいぐい上着の袖を引っ張るの。
- 少年
- なぁなぁ。
- 少女
- 注意の一言くらい言ってよって目でセンセに合図送ったって担任ヤマセンは最近生まれたわが子のムービー写メールに釘付けで気づきもしないし。
- 少年
- じゃ、1分でいいや。
- 少女
- ああ、もう。
- 少年
- なぁって、おーい。
- 少女
- だから引っ張らないでってばぁ!
- と、少女は思わず大声出した
- 少女
- あ…
- 校長先生のお話もピタリと一瞬止まって
- 少年
- しー。
- 少女
- しー…
- 二人でしー、と静かにしてみた。校長先生は咳払いをひとつしてから、また長いお話を始める
さっきよりも二人は声を落として喋りはじめる
- 少女
- あんたが、袖引っ張るから。
- 少年
- 無視するからだろ。いいよなぁ。憧れるね。上着って。
- 少女
- え?あんた冬でも半袖がポリシーなんじゃないの?
- 少年
- なわけないだろ。さみーな、おい。
- 少女
- じゃ長袖着ればいいじゃない。
- 少年
- だってねぇんだもん。
- 少女
- 長袖が!?
- 思わず声上げて
- 二人
- しー。
- 少年
- てか、冬に着る服が。いや、ないってわけじゃなくて。うん、あるんだ。あるんだけど。
- 少女
- けど?
- 少年
- 探したんだけど、父さんにも聞いたけどやっぱりどこにしまってあるか分かんなくって。
- 少女
- そんなのお母さんに聞けば?衣替えしてないの?
- 少年
- ああ、夏の終わりからいないから。
- 少女
- えぇ!?
- 思わず声上げて
- 二人
- しー。
- 少年
- だから衣かえてる場合じゃなくて。
- 少女
- いろいろ、タイヘンね。あんたも。
- 少年
- なんでか知らないけど夫婦のジジョーとかいうやつな。
- 少女
- ジジョーじゃないな。
- 少年
- あ?
- 少女
- 足して2で割ればちょうどいい。
- 少年
- 何が?
- 少女
- あたしとあんたの衣替え。
- 少年
- あ…てか、そういやお前、夏でも長袖じゃねぇ!?
- 思わず声上げて
- 二人
- しー。
- 少女
- 上着、貸したげる。
- 少年
- 俺のジジョーに同情?
- 少女
- あんたのジジョーに共感。
- 少年
- なんだそれ、はっくしょい。
- 少女
- 上着、貸したげるよ。
- 少年
- そこまで言うなら、借りてやるよ。えーと、あれだな。 ありがと。
- 鼻をすすって少年は上着を借りた
- 少女
- あたしの事情は袖の下。誰にも言えない長袖の下に隠した秘密。あいつになら、言ってみようかな。
- 少女には少女のジジョーというやつがあるのだ
- おわり