- もう年末も近い、酒臭い息の人々は最終電車を逃してタクシー乗り場で並ぶ色とりどりの酒屋の看板、自動ドアが開くたびに聞こえる音楽そんな町の隅っこに、やっぱりまだいるんだ易者というやつは
- 客
- あの、すみません。どうか、ひとつ、
- スラリと背の高い、真っ黒なコートにトランクを持った風変わりな客
- 易者
- いらっしゃいませ。よう来られました。
間に合ってよろしかったわ。あなた、今ここへ来なければ一生を棒に振っていたとろこでしてよ。
- 客
- ひとつ、教えて頂きたくて…
- 易者
- 未来のことね。よろしくてよ。
- 客
- …まぁ、確かに、未来ですが。
- 易者
- 田舎から出て来たところね。
- 客
- はぁ。
- 易者
- ミュージシャン志望?
- 客
- いやぁ、
- 易者
- 会社の面接に落ちた?
- 客
- いやぁ、
- 易者
- 分かった。追いかけてきたんでしょ?女だ。
- 客
- いやぁ、
- 易者
- ちょっと、待って。今当てるから。
- 易者らしい声はだんだんとなくなって
- 易者
- やっだ、生年月日聞くの忘れてるじゃないよ。ここに書い…
- 客
- この街の未来を、教えて頂きたくて。
- 易者
- はぁ?
- きゃははははと、少女の笑い声、遠くで歌うサラリーマン、誰かがケンカをしている怒鳴り声、呼び込みの声、街の色んな音が入り混じって聞こえる
- 易者
- な、なんで?
- 客
- 不思議な、街です。何かあるかと思いやってきましたが、何もありません。いいえ、ここには笑いも怒りも同情も憂いも何もかもあるのですが、その何もかもが飽和して、もう何もないのと同じで、だから私にはこう思えます。やはり何もありませんと。トランクひきづって、歩いてみました。ガタンガタンと最終電車を見送って、街の灯りは絶えることなく輝いています。少しこのブラックホールのような街から離れると暗闇があるかと思い歩きましたが、あるのは要塞のように立ち並ぶマンションでした。やはりそこにもそこここに灯りが灯っています。窓のひとつひとつには微妙に違う色の電気が灯り、そのひとつひとつの家庭の所在を物語っています。どこかで人が息をしているその数だけ灯りがあるのです。こんな真夜中にも。灯りを灯さなければならなくなってからどのくらいたちますか?暗闇を嫌ってからどのくらいたちますか?闇には魔物が住んでいて、魔物たちは灯りを嫌う。だから人は闇に灯りを灯すわけです。しかし本来闇の魔物は人に害をなしません。なのに、灯すんです。闇とは何なのか。本当は自らの闇が怖くて私達は灯りを灯しているのではないでしょうか。だからほら、この街は真夜中でもこんなに明るい。
- 易者は、客が話す物語のような言葉をぼんやりと聞き、はっと我に帰ると
きゃははははと、少女の笑い声、遠くで歌うサラリーマン、誰かがケンカをしている怒鳴り声、呼び込みの声、街の色んな音が入り混じって聞こえる
- 易者
- …悪いんだけど、この街の生年月日知らなくて、それにそんな演説はどっかの集会所で、…ちょっと?
- そこにあるのは、輝く真夜中の街
- 易者
- ちょっと!何で?ねぇ、まだ話途中で…
- きゃははははと、少女の笑い声、遠くで歌うサラリーマン、誰かがケンカをしている怒鳴り声、呼び込みの声、街の色んな音が入り混じって聞こえるだけ
- 易者
- うそだぁ…あはは…跡形も、ないじゃないよ…
- パッパーと車のヘッドライトが易者を映し出す
真夜中の輝いた街で、易者だけがうつむいていた
- 易者
- 影。車のヘッドライトに照らされて、私の影はあのお客の背丈と同じくらいに伸びて地面に映し出されて、やがて消えた。影か、魔物が、私は真っ黒な空に向かって叫んでみた。
「足元明かりがないと不安になるのが人間ってもんでしょうが!」と。言って気がついた。
ああ、私の仕事って足元明かりじゃん。
- また今日も、ぼやきながらも易者は誰かの道しるべをつくるのだ
- おしまい