「しいっ・・静かに。静かに聞いて欲しいんです。なにも怖がることはないんですから」
 
「顔を見ても私が誰だか思い出せないでしょう。会った事がないんですから。でも私はあなたを見てました・・ずっとね・・ずっ とです・・」
 
見えない、何も
 
「だから明かりはつけません。私の声を、音を覚えておいてほしいんです。光は射しません。理想的な暗室です。でも・・不思議 ですね。完全に真っ暗なのに、ずっとここにいるとだんだん、目が慣れてくるんです。信じられますか?見えてくるんですよ・・ 闇が」
 
「黙って・・耳をすませて。ほら」
 
どこ?
 
「大丈夫、【あなたには】危害は加えません。【あなたには】何もするつもりはないんです。ああ・・。でも・・安心して。救いは訪れる。だからあまりもう時間がないんです」
 
誰?
 
「始めましょうか」
 
「・・ずっと考えて・・たんです、どうやったら、あなたが・・私を忘れな・・いでいてくれるだろ・・うって・・どう・・した ら・・いいんだろうって・・」
 
「どうし・・たらいい・・んだ・・ろうって・・」
 
「とても・・丁寧・・に考え・・たんです・・微分方程式を解くよう・・に・・」
 
「・・耳をすませて・・想像・・してください・・」
 
「目の前の私を」
 
気がつくと、音はなかった。声はなかった。
 
沈黙と闇だけがあった。
 
それからどれだけの時間が過ぎたのか・・数秒、それとも数時間・・
・・たぶん・・もうすぐ部屋の扉が開かれるのだろう・・
この暗闇に光が射しこむのだろう・・
射しこまなければいいのにと私は願う・・見えないままにしておいてほしいと私は叫ぶ・・
 
救いなんて、訪れなければいいのに。
 
扉が、開いた。