寂れたバス停、きっと一時間に一本くらいしか通らないバス停
少女が、疲れた老人を背負って、そのバス停で突っ立っている
運転手
奇妙な光景でした。
ファファーン、とバスがクラクションを鳴らした
運転手
都心から少し離れれば、バスは一時間に一本なんてザラで。少し錆のついたそのバス停は、初勤務だった僕にとってゾッとするには十分な雰囲気を持っていて。
キキーとバスがとまり、扉が開く
運転手
どうぞ。このバスが最終ですよ。
少女
…ええ…
運転手
とても、奇妙な光景でした。ふせめがちに返事をした少女は、だらりと力のない
老人を背負っていたました。
バン、ボロロロウとどうやらバスは出発したようだ
運転手
これだから最終は嫌だったんだ。ガランとした車内。空席ばかりの中に老人を背負ったまま少女は一番後ろの席にすわりじっとして。バックミラーで少女の姿を気にしている僕は、よくある、幽霊を乗せてしまった運転手みたいに冷や汗をかいていたんじゃないだろうか。「次止まります」のアナウンスがずっと鳴らないまま、最終の駅へと突っ走る。チカチカと点滅した青信号が赤信号に変わった交差点、バックミラーではなく後ろを振り向こうと思ったのはやっぱり、少女が生身なのか確認したかったからだ。
運転手が後ろを振り向こうとした瞬間
少女
やっぱり…
運転手
は、はい!?
少女
やっぱり、乗らないほうが、よかったかしら…
運転手
え?バス、乗り間違えましたか?
少女
いえ。
運転手
え?もうすぐ終点なんですけど…
少女
バスなんて、楽しちゃったみたい。
運転手
え?
少女
あ。お金ならちゃんとあるんで大丈夫ですから。
運転手
いや、そんなこと。
少女
二人分。
運転手
あ、そう!あ、よかったぁ。あー、そうですかそうですか。
少女
何ですか?
運転手
いや、もしかして僕にしか見えない御老人なのかってびびっちゃって。
少女
それじゃ幽霊じゃないですか。
運転手
はは。すみません。
少女
いえ。幽霊みたいなもんですけど。
運転手
え…?
少女
詩人なんです。
運転手
し?
少女
詩人。
運転手
詩人って幽霊なんですか?
少女
だって。置き去りにされた詩人ですから。
バスがカーブに差し掛かって大きく揺れた
ぐらんぐらん
運転手
車内、大きく揺れました。申し訳ありません…
少女
もう何十年も前に。たくさん詩をつくったみたいなんですけど。誰も、だあれも憶えていないみたい。置いていかれたんですね。「詩人は時代とともに生きていかなければ価値がない。でなきゃ一昔前の言葉に今生きている誰が感動などするものか」と。よく言っていましたから。だから、置き去りにされた詩人ほど価値がないそうです。だらんと、力なく、ただ息をしているだけで、幽霊とそう変わりありません。だから、バスに乗って楽しちゃって良かったのかしら。
キキーっと大きくブレーキを踏む
運転手
あの、終点です…
少女
はい。
うんせとまた老人を背負ったままバスを降りようとして
運転手
あの…。でも、でもですね、背負っているあなたは疲れちゃうんだから、乗ったっていいんじゃないですか?バス。
少女
…ありがとうございます。でも。
運転手
でも、
 
「置き去りにされた詩人よりも、私のほうがもっと価値がないんです」
運転手
少女はそう言って、老人を背負ってゆっくり歩いていった。奇妙な光景でした。
自分には価値がない、なんて言っていた少女は、僕にはとてもそんなふうには見えなくて。僕は、それから最終バスの運転を買って出るようになった。もし、もう一度少女に会えたなら、こんな言葉を言ってみようかと。
 
「あのですね。誰があなたの価値を決めることが出来るんでしょうか」
運転手は何度目の最終バスで、もう一度少女と会えるのだろうか
おしまい