夕暮れ時。ガラガラの電車内。
いつものことだが、電車はガラガラだった。
いつものことだが、皆ぼんやりと宙を見詰め、
言いようのない倦怠感と、かえがたい幸福感とが車内に漂っていた。
西日がひろく入り込み、何人かは顔を伏せていた。
私の向かいには、テニスラケットをもった娘が座っていた。
中学生だろうか、肌は健康的に焼けていて、強い目線でじっと私を見ていた。
やがて娘は立ち上がり、私のほうによってきた。
「私、知らない人に話しかけたことないんです。こーゆう電車の中とかで、そんな自分に結構自己嫌悪感じてて、損してるって感じることもあるし、今ちょうど落ち込んでる最中で、よし、今日は知らない人と会話しようって思っているとこなんです。」
「え?僕?」
「いえ、私が、です」
「はぁ」
「私よく人の話が聞けない奴って周りから言われるんです。いつもなぜか気がつけば私一人が喋ってって、それは自覚あって、うっとうしいとか友達に言われて、落ち込むこともあるんですけど、基本的にはがんばってます」
「・・・、えらいね」
「でも、考えたら世の中って知らない人だらけじゃないですか、当たり前だけど、私の知らないことって世の中にはいっぱいあるわけで、そーゆうことにもっと謙虚っていったら言葉変かもしれませんが、興味を持っていいのかなって、思って、よし今日は知らない人の話を聞こうって思ったんです」
「・・・へー」
「私、兄がいるんですけど、けっこうにてないんですよね。兄はどっちかって言うとおばあちゃんに似てて、このおばあちゃんがほんと兄そっくりで、ほんと笑うほど似てて、オイオイおいってことよくあるんですけど、母がほんとにあしらいの上手い人でハイハイハイって感じで全部上手くもっていっちゃうんです。それに対して私と父はアチャーって感じで思ってるんですけど、まぁこれもバランスだからって父は言うんですが、あなたはどう思いますか?」
「え?」
「私はちょっとおかしいと思います」
「・・・。どうしてそう思うのかな?」
「理由とかないです」
「そうか・・・」
「あ、わたしここで降ります」
娘は電車を降りた。降りるときまだ幼い笑顔を見せ、
「いろいろお話が聞けて楽しかったです。さようなら」
と、言った。再び動き出す電車の窓から、私はラケットを抱えた娘の後姿を見ていた。
人の話を聞けない娘は、はたしてどんな人生をおくるのか、
人の話を聞けない娘は、どんな涙を流すのか、
人の話が聞けないと知りながら、それでも人の話が聞けない娘は、
いつかこの人の話が聞きたいと思えるような人に出会うことができるのか?
私はしばし目をつむり、
まだのこる娘の残像につぶやいた。
「がんばれ」
夕暮れの中電車は走ってゆく。