- 女
- 今日はバーゲン戦争。
お母さんがもみくちゃになっている間に、今日はこっそり隅っこに置かれた観葉植物に話しかける。
ブータコ・サンチョリーナはお疲れのようであった。
私はその事を、彼の顔色からすぐに察してしまった。
すこし話したら帰ろうと心に決め、
いつものように私は口笛を吹いたのであった。ぴゅう!
- 男
- ぴょう!
- 女
- ぴゅう!
- 男
- やあ!
- 女
- サンチョはいつも頭に怪我をしていたので、白い包帯が目印だった。
出逢った頃はいつ包帯がとれるのか楽しみであったが、
それからもう半年もたって包帯は取れずにいた。
しかし彼は、自分が白い救急車に乗ったことも、
大きな病院に運ばれたことも、少しも自慢しないのであった。
- 男
- それからその枕をどうしたんだい。
- 女
- 中身をぶちまけちゃったの、部屋中に。
- 男
- おいしかったかい。
- 女
- なにが?
- 男
- 蕎麦の実さ。
- 女
- 蕎麦の実なんて入ってなかったわよ。
- 男
- ほんとに?
- 女
- 殻だけだった。ひとつ、食べてみたけれど。
- 男
- 食べたのかい。
- 女
- 実だと思ってたべたら、殻だったのよ。
- 男
- その時の君の笑顔がみたかった!
- 女
- サンチョの笑顔があんまりまぶしくて、
私は中々帰ると言い出せずに、長々とその場にしゃがみこんだ。
今日に限って話は、尽きないのであった。
私はずっと聞きたかった事をとうとう口にしてしまった。
ねえ、その傷は、いつ治るの。
- 男
- この包帯の事かい。
- 女
- うん。
- 男
- 治らないのさ、これは。
- 女
- どうして?
- 男
- ひとばん寝ると痛みがひいて、今日こそはと思い家を出る。
けれども戦争だ。そこら中で銃撃戦が繰り広げられ、
空からは爆弾が落ちる。
命を持ってこの戦場に立っている事が奇跡さ。
- 女
- 今日はひどい怪我をしたの?
- 男
- どうして?
- 女
- とても辛そうな顔をしていたから。
- 男
- ・・・さっき話に出てきた枕は、君のものかい?
- 女
- あれはおじいちゃんのよ。
- 男
- ならやっぱり、蕎麦の実が入っていたんだよ。
- 女
- どうして?
- 男
- おじいちゃんはその枕をもって、防空壕に逃げ込んだのさ。
そして中に入ってた実を食べて飢えを凌いだんだ。
- 女
- おじいちゃん、戦争に行ったことがあるの?
- 男
- あ、空襲が終わったぞ。
- 女
- あの枕は、おじいちゃんを助けたのね。
- 男
- じゃあまた。気をつけて。次の空襲で会おう。
- 女
- サンチョは静かに目を閉じた。
向こうから戦利品を胸いっぱいに抱えたお母さんが歩いてきた。
私は蕎麦枕がどうなったのか聞いてみた。
お母さんは、なに言ってるの、全部掃除機で吸い取っちゃったわよ、
あれはもう、捨てたのよ。と言った。
私はレジへ向かうお母さんの後ろについて歩き出した。
そのとき、バーゲン会場から、誰かに倒され踏まれて、
ぺっちゃんこになったサンチョが運び出されていくのを私は見た。
サンチョ!・・・サンチョはうっすら開いた目で私のほうを見て、
なにか呟いた。いや、呟いたのではない、なにかを飛ばしたのだ。
- 男
- ぴゅう。
- 女
- 小さな蕎麦の実が飛んできた。
サンチョはやっぱりまぶしい笑顔で私をみた。
- 了