今日はバーゲン戦争。
お母さんがもみくちゃになっている間に、今日はこっそり隅っこに置かれた観葉植物に話しかける。
ブータコ・サンチョリーナはお疲れのようであった。
私はその事を、彼の顔色からすぐに察してしまった。
すこし話したら帰ろうと心に決め、
いつものように私は口笛を吹いたのであった。ぴゅう!
ぴょう!
ぴゅう!
やあ!
サンチョはいつも頭に怪我をしていたので、白い包帯が目印だった。
出逢った頃はいつ包帯がとれるのか楽しみであったが、
それからもう半年もたって包帯は取れずにいた。
しかし彼は、自分が白い救急車に乗ったことも、
大きな病院に運ばれたことも、少しも自慢しないのであった。
それからその枕をどうしたんだい。
中身をぶちまけちゃったの、部屋中に。
おいしかったかい。
なにが?
蕎麦の実さ。
蕎麦の実なんて入ってなかったわよ。
ほんとに?
殻だけだった。ひとつ、食べてみたけれど。
食べたのかい。
実だと思ってたべたら、殻だったのよ。
その時の君の笑顔がみたかった!
サンチョの笑顔があんまりまぶしくて、
私は中々帰ると言い出せずに、長々とその場にしゃがみこんだ。
今日に限って話は、尽きないのであった。
私はずっと聞きたかった事をとうとう口にしてしまった。
ねえ、その傷は、いつ治るの。
この包帯の事かい。
うん。
治らないのさ、これは。
どうして?
ひとばん寝ると痛みがひいて、今日こそはと思い家を出る。
けれども戦争だ。そこら中で銃撃戦が繰り広げられ、
空からは爆弾が落ちる。
命を持ってこの戦場に立っている事が奇跡さ。
今日はひどい怪我をしたの?
どうして?
とても辛そうな顔をしていたから。
・・・さっき話に出てきた枕は、君のものかい?
あれはおじいちゃんのよ。
ならやっぱり、蕎麦の実が入っていたんだよ。
どうして?
おじいちゃんはその枕をもって、防空壕に逃げ込んだのさ。
そして中に入ってた実を食べて飢えを凌いだんだ。
おじいちゃん、戦争に行ったことがあるの?
あ、空襲が終わったぞ。
あの枕は、おじいちゃんを助けたのね。
じゃあまた。気をつけて。次の空襲で会おう。
サンチョは静かに目を閉じた。
向こうから戦利品を胸いっぱいに抱えたお母さんが歩いてきた。
私は蕎麦枕がどうなったのか聞いてみた。
お母さんは、なに言ってるの、全部掃除機で吸い取っちゃったわよ、
あれはもう、捨てたのよ。と言った。
私はレジへ向かうお母さんの後ろについて歩き出した。
そのとき、バーゲン会場から、誰かに倒され踏まれて、
ぺっちゃんこになったサンチョが運び出されていくのを私は見た。
サンチョ!・・・サンチョはうっすら開いた目で私のほうを見て、
なにか呟いた。いや、呟いたのではない、なにかを飛ばしたのだ。
ぴゅう。
小さな蕎麦の実が飛んできた。
サンチョはやっぱりまぶしい笑顔で私をみた。