- 僕
- あの時、置いていかれたのは僕のほうだ。いまだに僕はあの裏路地で後ろ振り返って見えないあの子を探してる。
- 祭囃子が聞こえ始めた
日が暮れ始めると商店街にぼんぼり、ぼんやり灯りがともる
それは僕の昔の記憶の風景、記憶を辿って少女といた頃を思い出す
- 僕
- ええ、確かに。その商店街のアーケードの下にずらりと並んでいました。焼き鳥、から揚げ、輪投げ、綿菓子、金魚すくい。覚えています。毎年毎年、僕らはその夏祭りが楽しみだったから。日が暮れ始めると、ぼんやりと灯りが灯って、いっちゃいけない夜の散歩をするように僕らは色とりどりのお面の屋台を通り過ぎて、冷やしパインを一番初めに買うのが決まりだった。ほら、その角を曲がると…
- 角を曲がると
- 少女
- ほら、その角を曲がると!冷やしパインみっけ!
- 僕
- 僕は、いつだって大きい方を譲りました。
- 少女
- おっきーい!ありがと。ね、こんどあっちにいってみよ。
- 僕
- りんごあめの屋台。
- 少女
- こっちこっち。
- 僕
- スノーボールの屋台。
- 少女
- ね、ちょっと。あれ見て。ほら。
- 僕
- 指を指したのは、ほら、あっち。あの神社の手前、パン屋がシャッター下ろした前にキラ
キラ光る石が売ってありました。
- 少女
- きらきらばっかり。
- 僕
- ひとつ、七色に光る石をつないだ腕輪を見つけるとため息を漏らしました。
- 少女
- きれーい…
- 僕
- から揚げと焼き鳥、イカ焼き、くじ引き、射的、的当て、全てを我慢すれば買えるものでした。だから、
- 少女
- …え?くれるの?どして?いいの?ほんとに?だって、から揚げと焼き鳥、イカ焼き…
- 僕
- 照れた僕は、足早にそこから離れました。
- 少女
- ちょっと、どしたの?ねぇ、これずっとつけるからね。ねぇ、ちょっと。
- 僕
- また僕は照れて足早になりました。
- 少女
- 早いよ。待ってよ。
- 僕
- いいよ、つけなくってと僕は大声張り上げました。
- 少女
- なんでよ。つけなきゃ意味ないのに。
- 僕
- だって、また、
- 少女
- また?
- 僕
- またみんなにからかわれるじゃないか。
- きっと、少女は微笑んでいたのだ
- 僕
- くすっと、笑いました。白い歯が、真夏の暗闇でも光っていたようでした。ぼんぼりぼん
やり灯る明かりの下で、笑って言いました。「そんな…
- 少女
- そんなひやかしなんか気にしなきゃいいのよ。だって私うれしいんだもの。
- 僕
- 気がついたら僕の足は猛スピードで走り出していました。
- 僕の記憶の中で、少女が
(少女 あ、ちょっと、どこ行くの、待って、置いていかないで、ねぇ、ねぇってば!)
と、叫んでいたのが遠くから聞こえているのだ
- 僕
- 照れくさくて、うれしくて、どうして走ったりなんかしたんだろう。どうして、留まって、「照れくさいんだ」と言葉にしなかったんだろう。ふと後ろを振り向くと、もう、姿はありませんでした。遠くまで見渡せる商店街の裏路地なのに、遠く遠くまで見渡しても、もう、どこにもあの姿は、どこにも、ありませんでした。
- 僕は思い出を話し終えると、現実に戻った
- 僕
- 今さら、こんなものを見せられて、僕は何を言えばいいんだろう。今ごろになって。でも、ええ、確かに。この七色の石を繋いだ腕輪。ええ、確かに。これ僕があの子にあげたものです。だったら、今僕の目の前で横たわっている半分骨になりかかっているこれは、やっぱりあの子なんでしょうか?