- 妻
- そろそろ、と思って押入れから扇風機を出そうと思った。押入れは四つに区切られていて右下の一角は旦那の小中高の卒業アルバムや大学の卒業論文などが片付けられている。
どれどれ、と何の気なしにそれらをパラパラめくる。髪型も目つきもいまと大して変わりない。
面白くなさそうな顔をして写真に写っている私の旦那。卒業論文のタイトルは「シャーマン反トラスト法以降の独占形式の研究」、だって。何のこっちゃ。やっぱりこの人は昔からこうなんだ。ちょっとがっかりして少し安心して引っ張り出した冊子を元の場所に戻そうとしたら、「バサッ」、と名刺ぐらいの大きさの紙が二十枚ほど床に散らばった。そこにはかわいらしい女の子の文字で、
「お楽しみ券」
と書いてあった。
- 夕食。妻が夫を詰問している。
- 妻
- どういうことよ。
- 夫
- だから、大学の二回生のときかな。家庭教師やってたんだよ。高校二年生の女の子。その子が、
- 妻
- くれたの?
- 夫
- うん。自分の成績が上がるたびにお礼ですって。もちろんちゃんとバイト料はもらってたんだけど、これは私の気持ちだからって。
- 妻
- ・・・。
- 夫
- あれだから。
- 妻
- なに?
- 夫
- 相手は子供だから。やることも、考えも。だから受け取るだけ受け取ったけど。
- 妻
- どのくらい教えてたの?
- 夫
- 二年近くかな。そのうち俺のほうが卒論で忙しくなって、
- 妻
- 「シャーマン反・・・
- 夫
- トラスト法以降の独占形式の研究」。二十世紀初頭のアメリカの経済政策の一つだよ。独占禁止法の原型みたいなもんかな。
- 妻
- 好きだったのよ。あなたのこと。
- 夫
- さぁ。
- 妻
- 使わなかったの?一度も。
- 夫
- 当たり前だろ。
- 妻
- どうしてそういうかわいそうなことするのよ。
- 夫
- だって相手は女子高生だよ。それじゃあれ?このお楽しみ券使って、その子に変なことしたほうがよかった?
- 妻
- いいじゃない変なことしたら。
- 夫
- メチャクチャいうなよ。
- 妻
- かわいそうじゃない。
- 夫
- だって俺にとってはバイト先の、お客さんみたいなもんなんだよ。こんなことされたら迷惑だよ。
- 妻
- はっきりいったの迷惑だって。
- 夫
- だから卒論忙しくて・・・
- 妻
- じゃあどうしてそんなのを何年も捨てずにおいとくのよ。
- 夫
- 別に、いいだろ。
- 妻
- ちゃんと処分してよ。
- 夫
- 捨てればいいの?
- 妻
- 自分で、考えて。
- 夫
- ・・・うん。
- 妻
- 喉が痞えてそれ以上喋ることができなかった。旦那はお楽しみ券を一枚一枚めくって眺めている。その姿はとても残酷に見えた。この人はなにを考えているんだろう。もし私がその女子高生だったら絶対こんな人好きにならない。あ、私この人と結婚したんだ。
- 夫
- 山に埋めようか。
- 妻
- やめて。
- 夫
- 燃やして川に流す。
- 妻
- だめ。
- 夫
- 処分すればいいんだろ?
- 妻
- ・・・ずっともっててよ。
自分でずーーーーーーーーーーーーーーーーっと。
絶対私が見つけられないところにずーーーーーーーーーーーーーーーーっと隠しといてよ。
- 夫
- でも、探すんだよ。お前は。