- 学生
- 「早く人になりたいとその人形はいう」
- 学生
- 「どうしてなりたいのかと聞くと、半分は人だから、半分に早くなりたいという」
- 学生
- 「半分が人なら、後の半分はなんなんだ。とは最後まで聞けなかった」
- 学生
- 「どうやって人になる?と聞いたら人の血を吸うという。吸血鬼かと聞くと、
そうではないと返事がかえってきた」
- 学生
- 「血を飲むという行為は似ている。ただそれだけだ。という」
- 学生
- 「人形を拾ったその日ほど、後悔した日はないが、またおもしろい日でもあった」
- 学生の回想開始
- 人形
- 「さあ、これで人間になりたいという私の気持ちは理解してもらえたか」
- 学生
- 「全然わからん。なんで人形が話すかもわからんし。
そんだけ話せれば十分人間やと思うけど。ちょっとサイズは小さいけどな」
- 人形
- 「この体は人間ではない」
- 学生
- 「よくわからんけど、おれまだ死にたくないしごめん、
無理だから他をあたって。わーついてくるな」
- 人形
- 「私は人間ではない。私には名前がない」
- 学生
- 「名前ならつけてあげるから。ポチとか? うそうそ、
そうやな今は季節が春だし天気はいいし、ハル。ハルでいいだろう」
- 人形
- 「ハル」
- 学生
- 「おれの名前は智也だから。宜しく」
- 学生
- 「握手した手はなるほど人形と思えるほど小さかった。
人間のように話すのに材質は人間では
ないという違和感におれは身震いしそうになったが、気付かれないようにした。
そうしないとこの人形が傷つくような気がしたのだ」
- 人形
- 「お前はいいやつだ」
- 学生
- 「わかってくれた?」
- 人形
- 「お前の血がほしい。全てだ。お前のような人になる」
- 学生
- 「それは嫌や」
- 人形
- 「人であればいい。贅沢はいわない」
- 学生
- 「ますます嫌や!」
- 人形
- 「今の体は人ではないから」
- 学生
- 「じゃあ何やねん?」
- 人形
- 「わからない」
- 学生
- 「おれの方がもっとわからんわ」
- 学生
- 「・・・もう寝よ」
- 学生
- 「人形と過ごす日々が数年続き、ある日おれの体は交通事故にあった。
もうそこに死があった。
病院まで来ることができるのか心配だったが、人形はちゃんと来た」
- 学生
- 「よう来たな。ほら、早くおれの血を吸え」
- 人形
- 「なぜだ。お前は私に血を与えるのは嫌だといわなかったか」
- 学生
- 「あほ! いまでも嫌や。う・・・。・・・でもしゃーないやろ。見てみろ。
ほらおれの体はこの通りぼろぼろになってもうた。
どうせ死ぬんやったら人の役にたちたいわ」
- 学生
- 「おれは自分の体を指さした」
- 人形
- 「私は人ではない」
- 学生
- 「なんでもええよ。お前の役にたてばいい。俺の血でも体ごとでもええ、
なんでもええから全部使ってお前人になれ」
- 人形
- 「人になれるだろうか」
- 学生
- 「悠長に言ってる場合やない。おれもうさよならやで」
- 人形
- 「役に立たなくなるな」
- 学生
- 「はっきりいうな。それやったら早よ、せい」
- 人形
- 「ありがとう」
- 学生
- 「・・・お前人になって何するつもりや」
- 人形
- 「わからない。だが・・・お前みたいになれればいいと思う」
- 学生
- 「・・・なら、完璧や。おれになるんやからな。いや、おれにならんでもいい。
・・・お前になれ。それでいい」
- 学生
- 「そういいながら人形に伸ばした手は届かなかった。いや、届いたのか?」
- 学生の回想終わり
- 学生
- 「おれの意識はそこで途絶えた。そう。おれは人形だったおれだ。
だけど人形と出会ったおれでもある。
おれは一度死んだのか? おれは一度生まれかわったのか?
おれにはわからない。
あの時、手を差し伸べてくれた気持ちを感じるときだけが、
人形だったことを思い出させてくれる。
今では自分が人形だったのか人だったのかわからなくなるときがある。
唇を噛んでもわからない。この血の味はあの時と同じか?
そもそもおれは血を吸ったのだろうか。どこを吸ったのだ。
首か、腕か、足か、顔か。
そのときのおれはどうしてた? 吸っていたのか吸われていたのか。
人間だったのか人形だったのか。
自分はどこから来たのかわからない。
なぜここにいるかもわからない。
でもここにおれはいる。
ただそれだけだ。それだけがおれがここにいる理由だ」