- (固唾をのんで身動きすらできず立ち尽くす2人)
- 男
- ……どうする?
- 女
- ぜったいヤバいですよ。
- 男
- …だな…。
- 女
- このままじゃ、あたしたち、絶対。
- 男
- ああ。色々な局面をくぐりぬけてきたオレたちだけどさ、今ほどこわいと思ったことないよ、この仕事をさ。
- 女
- …一人じゃなくてよかった。
- 男
- (少し笑って)いや、オレ、今ヒザガクガクだぜ?
- 女
- ----------------(時計を見て)あと、5分ですね。なんだかさっきからちっとも進んでない。
- 男
- 時計なんか見ちゃダメだ。今のオレたちには無意味だよ。そう、現実の時間なんてあいまいなのさ。楽しい時は光陰矢の如く、苦しく困難な時はまるで牛歩。ただ言えるのはこうしている間にも確実に時は流れている。オレたちは足止めを食っているわけじゃ、決してない。
- 女
- つまり、心で刻め、と。
- 男
- まぁな…。
- (その時人の気配が)
- 二人
- !!
- 男
- ここまでか…!
- 女
- ああ…。
- 男
- いや…大丈夫。通りすぎていってしまったよ。
- 女
- もう、耐えられない!
- 男
- お、おい!
- 女
- なんでこんなことになっちゃったんだろう。あたしたちこんなハズじゃなかったのに。
- 男
- しっかりしろよ。
- 女
- もう一度数えさせて下さい!
- 男
- 何度やっても同じさ。オレたちに残されているのはあとこれだけ。
- 女
- 1、2、3、4…1、2、3、4……あと、4枚。どうすれば…。
- 男
- どうにもできない、オレたちはここにこうしているしかないんだ!あとは、運にまかせるしか…
- 女
- あたしが…両替さえ、両替さえしていれば、こんなことには。だってあと4枚。このレジの中には千円札がもうあと4枚しかないんですよ?!
- 男
- もし、次に来る客が一万円札で支払おうとしようものなら、
- 女
- おしまいです。なにもかも。帰ってもらうか、5千円以上の買物をしてもらうしか。
- 男
- このコンビニエンスストアでそれはキビしいな。
- 女
- あたし、ほんとはちょっと千円札少ないかもって思ってたんです。でもいつもなんとかなってるし、今日も大丈夫だって…。
- 男
- うん。それはオレも同じこと。昼休みに家賃払おうと、銀行に行ったまではよかったが、あの混み具合はどうだ?みんな一体どこに振り込んでんだっていうくらいATM機は一向に空きゃしない。30分ならんだよ。…とても両替どころじゃなかった。
- 女
- 月末…ですから…。
- 男
- チクショウ!
- 女
- 休けい時間が短かすぎるんじゃ?
- 男
- それは言うな…!
- 女
- すみません…。
- 男
- うん。いや、オレこそすまない。不安なのさ。助けなんて来ない。こんな事態がおきてることすら誰一人知りやしない。今すぐにでも走って逃げ出したいさ。でもそれだけはできないんだ。オレたち、持ち場は離れられない、職務を放棄できないよ。
- 女
- それが私たちコンビニ店員に与えられた使命なんですね。
- 男
- “レジは、無人にしてはならない”
- 女
- …はい…あと2分。ここが郊外のコンビニでよかったですよね。夜12時で閉店できるのが唯一の天の助けです。
- 男
- いや…まだ安心はできない。おそらく今、最終の普通電車がいったところだ。ちょっとした夜食や明日の朝食用のパン、フロあがりにのむチューハイの一本でも買いに来る客がいるかもしれない。
- 女
- ええ?!そんな…。
- 男
- 君はどうだ?急に甘いものやデザートが食べたくなったりしないか?
- 女
- しょっちゅうです。
- 男
- そんな時、人はかけこんで来るのさ、このコンビニに…。
そしてもうひとつ、世間の給料日が今日だったとしたら?
- 女
- …ふ、福沢…諭吉…!
- 男
- まちがいなくやつらは諭吉を差し出すだろう、何の悪気もなくな!
- 女
- そんなのいやです!あたしは英世がいい!諭吉なんかいらない、英世がほしい!
- 男
- オレもさ。ふふ、皮肉だな。諭吉なんかいらない…か。いつもと逆だ。
- 女
- あ!時間です、閉店です!
- 男
- (ため息)長い一日だったな…。さあ!シャッターを閉めるぞ!
- 女
- はい!!あれ?カギ…カギ…
- (その時、ドアが開いて…ピンポンピンポン♪)
- 男女
- ああああ!!
- (むなしく鳴り響く ピンポンピンポン♪)
- 男女
- …い…いらっしゃいませ~~……
- おしまい。