- ガチャリと鍵の束が揺れる音、バタンと扉が開くと同時に
- 酔っ払い
- ただいまぁ!
- お茶漬けでも食べていたのか、突然の訪問者に驚く住人
- 住人
- うぇ!?
- そんな住人の驚きもそっちのけで酔っ払いは上がりこむ
- 酔っ払い
- 寒い寒い、まだまだ続くわ。春なんかとおーい。どこまで行ってんだばかー。
飲まないの、いつもは飲まないのよこんななるまで。先に他の人が酔うと酔わない体質なのにぃ。あいつらザルだ。食べる?スシ。スシー!?千鳥足でスシって、出来上がってるね。ちょっと、いっちょ熱いお茶でも入れてよ。
- 住人
- あ?はぁ・・・
- 酔っ払い
- いっちょ、いっちょだって、何その言葉。えらそうなこと言っちゃってごめーん。ゆるしてー。いつもは尽くしてんじゃーん、じゃーん・・・じゃ・・・?
- 住人
- あの・・・
- 酔っ払い
- んー・・・?子供がいるのは何でさ。
- 住人
- 子供って・・・!
- 酔っ払い
- あたしいつ産んだっけ?
- 住人
- もうすぐ高校だっつうの。
- 酔っ払い
- 高校!?ざっとけいさんして15でしょ、あれ?あたし15で産んだの?うっそ、意外!やるじゃない、あたし。産むわけないじゃない!え?誰あんた!
- 住人
- 間違ってんじゃない?
- 酔っ払い
- あい?
- 住人
- 部屋。
- 酔っ払い
- へ?
- 住人
- 501。
- 酔っ払い
- そう501。
- 住人
- じゃマンション間違ってる。
- バタン、バタンと一度外に出てみる酔っ払い、きっと表札なんかを確認しにいったのだろう
- 酔っ払い
- 表札間違ってる。
- 住人
- 間違ってない。
- 酔っ払い
- ちょっと、あたしのお気に入りの赤いソファどこやった?
- 住人
- はじめっからない。
- 酔っ払い
- 何この湯のみ。何このコタツ。あたしの猫足テーブルどこやった?
- 住人
- 水飲んでよい冷ます?
- 酔っ払い
- あー・・・。ああだんだん冷めてきた。あー・・・間違えちゃった・・・
- 住人
- え?
- 酔っ払い
- 間違えて前のアパート帰ってきちゃった・・・
- 住人
- 酔っ払い。
- 酔っ払い
- リビエールサワムラ501。
- 住人
- はい、お水。
- 酔っ払い
- あー・・・ありがと。あー・・・無意識だし、あー・・・覚えてるんだ、足が・・・
- 住人
- 鍵。
- 酔っ払い
- えぇ?
- 住人
- 開けたよね?それ返しといてもらえるかな。
- 酔っ払い
- これはあたしの鍵。
- 住人
- でも今違うし。泥棒入ったら一番に疑うから。
- 酔っ払い
- そんなことするわけないじゃない。
- 住人
- 引っ越すときに返すもんじゃないの、普通。
- 酔っ払い
- これはもらったの。あの時、合鍵作ってくれて、それで・・・
- 住人
- それで?
- 酔っ払い
- ・・・捨てるに捨てられなくて・・・
- 住人
- あぁ、思い出?
- 酔っ払い
- 思い出になってたらとっくに捨ててるわよ。
- 住人
- めめしー。
- 酔っ払い
- あたし馬鹿みたい。こんな子供に大人のフクザツさが分かるわけないのに。
あー・・・頭痛い・・・
- 住人
- 飲みすぎだ。カッコ悪い。
- 酔っ払い
- あんたねぇ!あんた・・・あんた一人?
- 住人
- ああ、昨日から。
- 酔っ払い
- 一人暮らし!?
- 住人
- いいや。誰かとどっか行ったんじゃない?
- 酔っ払い
- 誰か?
- 住人
- 母親って人が。
- 酔っ払い
- 誰と?
- 住人
- 恋人って人と。
- 酔っ払い
- は?
- 住人
- こんな酔っ払いに子供のフクザツさが分かるわけないか。
- 酔っ払い
- ・・・あんた、明日から、どおすんの?
- 住人
- さぁ。
- 酔っ払い
- さぁって。
- 住人
- 何とかなるんじゃない?
- 酔っ払い、完全に酔いが冷めた
- 酔っ払い
- とりあえず、スシ、食べる?とりあえず。
- 住人
- ・・・いいね。とりあえず。
- フクザツな気持ちは消えないけれど、とりあえず、二人は501でスシを食べる
- おしまい