登場人物
初老の夫婦
旅館の一室。波の音が聞こえる。
夫、窓辺の椅子に座って、外を眺めている。
眠れませんか?
うん。
あたしもですよ。
妻、布団から出る。ため息をつく。
ひどい時間。早起きしてお風呂入るつもりだったんですけど。
うん。
露天風呂から日の出が見えるんですって。
そう。
天気のいい日はそりゃきれいだって、仲居さんが。何、見てるんです?
いや。
よいしょ。
妻、向かい合って座る。
やっぱり照れますね。
何が?
今更、二人で旅行なんて。
だから私はいいって言ったんだよ。
せっかく雅彦と澄江さんがプレゼントしてくれたんですから。
うん。
明日、駅まで歩いて帰りませんか?
どうして?
海岸沿い歩いて。せっかくですから。
結構遠いぞ。
一時間ぐらい?
うん。
じゃあ歩きましょうよ。
間。
これからは好きなときに行けますね。
何が?
旅行。
あれ何だか分かるかね?
え?
いや、岬のほう。光ってるのが沢山見えるだろ。
ああ、ほんと。きれいですね。
何だと思う?
さあ。
ちょっとは考えてみたらどうかね?
はい――家の明かりじゃありませんよね――駅の明かり――お祭りとか――もう。
何です?
電照菊の明かりだそうだよ。菊だよ。菊の栽培。ああやって、
夜も電球で照らして開花を早めてるんだそうだ。
へえ。
この辺りの風物詩なんだって。案内のパンフレットに書いてあったよ。
素敵な明かりですね。
そう思うかね?
ええ。
私には、もっと働け、もっと働けって言ってるように見えるがね。
菊にだって昼、夜の区別ぐらいあるだろうに。健気なもんさ。
‥‥‥。
まばゆい光にあてられて、それを周りの期待と勘違いして精一杯応えるんだよ。
昼も夜も必死で働くんだよ。
後悔なさってるんですか、お仕事 辞めたこと?
いいや。
間。
あ、メロン。あなた、メロンですよ。
何が?
この辺りの特産なんですって。澄江さんが言ってたわ。お土産に買って帰りましょう。
お土産に、メロンをか?
変ですか?
いや。
やっぱり冷えますね。
喉が渇いて困るからって、暖房切ったのお前だろう。
そうですけど。よいしょ。早く寝て下さいね。
うん。
妻、布団に戻る。
あなた、海見てるのかと思ったら、あの明かり見てたんですね。
海なんか暗くて見えんよ。
そりゃそうですね。
(終)