(電話で)「あ、うんこ、久しぶり…」
妻がうんこと電話をしている。
ここは妻の実家。
今年の正月は妻の実家で過ごそう。それは去年から約束していたことだった。「居心地いいぞ」と会社の先輩たちが言っていたが、確かにそのとおり。至れりつくせりのもてなしを受けた。妻の父が継いでくれる日本酒には金粉が浮いている。妻の母が作るおせちは五段がさね、黒豆にはもちろん金粉が振ってある。庭先にはサルの一家がやってきて毛づくろいをしている。団地生まれの私には信じられない光景だ
「あなたに本当のお正月を教えてあげる」
そう言っていた妻の気持ちがいまはわかる。これが正月というものだろう。妻もまるで若返ったかのようにはしゃいでいる。毎年ここで正月を過ごすのもいいな、そう思ってゴロンと横になったとき妻の母が言った
「かづえ、うんこちゃんから電話!」
私は跳ね起きた
「あ、うんこ、私私、なんで帰ってきてることわかったん?車みた?そう、私私、旦那と帰ってきてんねん…」
…うんこ…?ちょっとまてよおい
「うちきいや、大丈夫、いま暇してんねん。旦那さんつれてきいや、え!うんこ子供うまれたん?…」
夫 
なんだいったい、なにが起ころうとしているんだ
「じゃぁ待ってるし」
電話をきる
「お母さん!うんこくるって」
妻が大声で叫ぶ、負けじとお母さんも「へーうんこちゃんくるの」
さらにお父さんまで
「うんこちゃん子供生まれたんやったらお年玉用意せなあかんな」
どうなっとるんだいったい。うんこ、うんこって
「私の幼馴染で菅原さちこ、いまは吉田さちこかな」
「うんこって?」
「あだな!」
「…」
「めちゃめちゃおもしろいこやから、私めっちゃ仲良しやってん」
「でも…」
「旦那さん連れてくるって言ってるから、あんたちょっと着替えてくれへん」
せかされて二階に上がり着ていたトレーナーから持ってきたセーターに着替える。これは妻のお母さんが買ってくれたものだが絵柄があまりに間抜けで私は一度も袖を通していなかった、でも、せっかくだからと持ってきたものだ。まさかこんなときに着ようとは。そうしている間にも、下からは家族の笑い声が聞こえる。
妻が
「うんこと会うの久しぶり」
と言えば、お母さんも
「うんこちゃんと会うと元気が出るわ」
と言い。お父さんまで
「うんこちゃんは明るい子やから」
と言っている。
妻が
「うんこもついにお母さんか」
と言えば、お母さんも
「うんこちゃんの子供やったらかわいやろ」
と言い。お父さんまで
「うんこちゃんやったらいいお母さんになるわ」
と言っている。
私は次第に憂鬱になってきた。
もうすぐうんこさんがやってくる。
旦那と子供をつれて
油断していた。こんな試練が待ち受けていようとは。
この気持ちは会社に入ってはじめてクレーム処理にまわされたときと少し似ているが、心細さはそのとき以上である。
あの時は背広だった。
間抜けながらのセーターでは男は戦えないのである。