- 国立競技場。
観客の歓声とか。
試合開始のホイッスル。
- 男
- さあ、ただ今ホイッスルが吹かれました。
- 女
- そうですねえ。これはもう、因縁の対決ですからねえ。
- 男
- はい、シルバニア対ペナン共和国。まずシルバニアからのボール。これをいかにしてを進めていこうかというところなんですけども、
- 女
- ここは見ものですよねえ。
- 男
- 指示を出してますねえ。シルバニアのキャプテン、ボリスキー。攻めあがる前に、チームメイトに指示を出してます。
- 女
- はい。
- 男
- 他の選手も、これを受けて、力強くうなづいております。
- 女
- ……ここ失敗するともう、全部崩れちゃいますからねえ。
- 男
- そうですねえ。
- 女
- ここで変なボール出すと、流れが全部相手に行っちゃいますからねえ。
- 男
- なんとか主導権を握りたいところ。ここはやはり慎重に行きたいと、いうことなんでしょうか。まずは第一手どう出るか。
- 女
- ……緊張感走ってますねえ。
- 男
- スタジアムは今、大変な緊張に包まれております。34000人の観客が、固唾を呑んで、ボリスキーの動きを見守っております。さあ、動くか。
- 間。
- 女
- ……まだ動かないですねえ。
- 男
- 動かないですねえ。
- 女
- 色々今、出方をうかがってるんですよ。
- 男
- なるほど。ああ行こうか、はたまたあっちに攻めようか。
- 女
- この辺、完全に相手との、読みあいですからねえ。
- 男
- じゃあ今、ペナン側の選手たちも、かなり集中してる状況なんですね。
- 女
- もうだって、あらゆる攻撃に対処できるように、キープしてないとダメですからねえ。
- 男
- なるほど。我々観客のうかがい知れぬところで、静かな攻防が繰り広げられてるわけると。いうわけで、
- 女
- (ボリスキーがちょっと動いたので)あ。
- 男
- おっと?
- 間。
- 男
- ……(しかし動かない)あー。
- 男
- 始まらない。
- 女
- まだ始まらない。
- 男
- 伺いますねー。
- 女
- ずいぶん慎重に行ってますねえ、ボリスキーは。
- 男
- 今行くべきか。はたまた今行くべきか。……まるで飛行機のりが風を読むように。
ボリスキーは、今まさに、試合の流れというか、空気を。読んでるというところなんでしょうか……。
動かないボリスキー。緊張感がこっちにも、伝わってまいります。
- 女
- これ今、大変な熱気ですよねえ。
- 男
- これって、ないんですか? 審判から何か、早くしろみたいな……。
- 女
- あー。
- 男
- 指導みたいな……。
- 女
- そういうのはないんですよ。
- 男
- ないんですか。
- 女
- プレー開始のタイミングは、完全にプレイヤーにゆだねられてますから。
- 男
- なるほどー。すべてじゃあ、ボリスキーが司ってると。
- 女
- ええ。彼が始めないと、ずーっとこのままなんですよ。
- 男
- はあー。……動かない。動かないボリスキー。まるで不動明王のように動かない。
その目は、どこを見つめてるのか。遠くシルバニアの生まれ故郷、貧しくてスープだけを食べて育ったという。
ボリスキーは今、ようやくこの地を踏みしめて、何を思うのか。ボリスキー。
- 間。
- 女
- ……これ動く気配ないですねえ。
- 男
- 動いてほしい、いい加減動いてほしい。だんだん実況することもなくなってきた。さあ動け。ただ今、国立競技場からお送りしています。気温35度。
- 女
- 動かないですねえー。
- ・
・
・
- END