- 男
- いいんだよ。死を選ぶ事は恥ではない。
- 女
- え?
- 男
- あなたの放つそのイカ墨スパゲッティのような真っ暗なオーラ、間違いない。
- 女
- 暗いですか?
- 男
- 借金?リストラ?それとも彼氏に振られた?
- 女
- まあ・・・。
- 男
- まあ、って?どれ?どれが正解?
- 女
- おじさんは、ここで何してるの?
- 男
- ハハハ、私、おじさんかな。
- 女
- じゃあ、お兄さんでもいいや、何してるの?
- 男
- ・・・待ち合わせ。
- 女
- 誰を待ってるの?
- 男
- 誰かな。
- 女
- 待ってる人が誰かわからないの?
- 男
- そうだよ。
- 女
- 誰を待ってるのかわからずに、待ってるなんて変なの。
- 男
- 大丈夫、ヒミツの合言葉があるからわかるんだ。
- 女
- スパイじゃあるまいし、
- 男
- 私の事はいいんだ、どうぞ続けて。
- 女
- 何を?
- 男
- クリスマスの夜、橋の上で、一人川面を覗き込んでる淋しげな女がいる。やらかす事は決まってるでしょ。ね、どうぞ引き止めたりしませんから、思い切ってドボーンと。そうだね、この高さだから頭から行くと確実だよ。
- 女
- あの、私、やっぱりやめます。
- 男
- ええ?でもさっき、くつ脱いで欄干に上ろうとしてたでしょ。
- 女
- 確かにそのつもりでしたけど。
- 男
- 生きていても辛くて苦しいことばかりだよ。そりゃあ死にたくもなりますよ。
- 女
- そんなに親身になっていただいてすみません。
- 男
- いや、成績稼がないとね。
- 女
- 成績?
- 男
- いえ、別に。
- 女
- おっしゃる通り、苦しいことばっかりじゃないですよね、きっと。
- 男
- 苦しいことばっかりだって言ったんだけど。
- 女
- そうよ、今まで辛い事たくさんあったけど、幸せな事もありましたから。私、もっとカッコいい彼氏見つけます。仕事だって、もっと自分に合った業種を選べばいいんです。
- 男
- いやいやそんな前向きにならないでいいから。
- 女
- 心配してくれてるんでしょ。
- 男
- まさか。
- 女
- って言うか、私より寂しそう。
- 男
- 私が?
- 女
- ええ。とても切羽詰った感じがする。
- 男
- いや、まあねぇ結構切羽詰まってるけど。
- 女
- ひょっとしてお兄さん死ぬ、
- 男
- いや、違う、決して私は死神なんかじゃありませんから。
- 女
- 死神?
- 男
- ああ、ええと、死にたがりじゃありません、と言ったんです。
- 女
- そうかわかった。お兄さんは、あれだ。
- 男
- はい?
- 女
- ジサツの名所とかに立ってる看板みたいな事をやってんのね。
- 男
- 看板・・・「ちょっと待て、死んで花実が咲くものか」みたいなやつ?
- 女
- そうそれ。そっか、だから待ち人が誰かわからないんだ。
- 男
- 当たらずとも遠からずかな。
- 女
- ありがとう。
- 男
- 感謝なんてやめてくれ。ジンマシンがでるじゃないか。
- 女
- もう、照れ屋さん!私、本当に嬉しいの。何人も通り過ぎてく人がいて、何台も走ってく車があったけど、お兄さんだけが心配そうに私に話しかけてくれた。
- 男
- なかなか決心がつかないみたいだったからね。
- 女
- 私、今夜はお兄さんと一緒にここで張り込みしようかな。
- 男
- 邪魔なんだよ。
- 女
- え・・・。
- 男
- 死ぬ気がないならとっとと帰れよ。半端な気持ちで死ぬ気なんか起こすな、こっちは迷惑なんだよ。
- 女
- はい、本当にすみませんでした。
- 男
- あ、でもマジで死にたくなったらまたここへ来てね。
- 女
- ふふふ、やっぱり優しいんだ。それじゃあ・・・もう二度と来ません、ありがとう。お元気で。
- 女は背筋を伸ばし、去っていく。
- 男
- あーあ、またしくじっちまった・・・。ま、死にたがってる奴はあいつだけじゃない。頑張れ、オレ。ファイト、オレ、チャチャチャ、ファイト、チャチャチャ。ファックション(くしゃみ)チクショウ。寒いぜ。
- 終わってまた始まる