エピソード①
男ばかりの三人兄弟。小さいうちは可愛いだろうが、高校生ともなるとムサクルシイものだ。母は食卓に大皿をひとつ。食べ盛りの私たちはどんぶりばちにご飯を大盛り、争うように食べていた。父はビールの小ビンを二本目の前に並べて息子たちの争いになどまるで興味を示さず黙って箸をうごかす。そして息子らが満腹になると母はデザートを出してくれる。それはたいていよく冷えたフルーツだった。けれど、その日母はこう言った。
今日はセイシ冷やしてあるから
男四人一瞬の沈黙。そして母が出してきたのは冷凍された「ライチ」だった。
セイシはな、凍らせて食べたらおいしいねんて
その後も母はライチをセイシといい続ける。息子三人はごつい体を小さく丸めて凍ったライチの皮をむく。父は救いようが無い嫁さんのこの間違いにいたたまれなくなったのか、黙って食卓を後にする。
あれ、お父さん食べへんの?
 
エピソード②
そして十年後。一番下の弟が結婚をすることになり久しぶりに兄弟がそろう。定年をまじかに控えた父は私たちにビールを注ぎながら、珍しくしゃべり始めた。
「男っていうのはな。やさしさと責任のハザマで苦しむもんや。やさしくできなあかん。でも責任とれんことにまで口出ししてたら最後にはいい加減な男やとおもわれてまう。でも、でもな、ここまでしか私は責任とれませんよってはっきり言うやつもまた困りもんや。つまりちょっとづつでもな、自分の責任取れる範囲を広げていくことで、いろんな人に優しくできるように…」
あんたようしゃべるな
(父の声色で)「おまえはだまっとれ!」
 
エピソード③
そして昨日のこと。待ち合わせに十五分遅れてきた彼女はやってくるなりこう言った。
彼女
くさ!
え?
彼女
めちゃ!くさい!
え?なにが?
彼女
あたし今めっちゃくさい!
救いようがなかった。
彼女はどうやらしゃけチャーハンを作ってきたらしい。鮭の塩焼きをほぐしたその指先が鮭くさくてたまらないようだった。
彼女
むかつく!
別にいいじゃないか、鮭臭いぐらい。
彼女
よくないって!はらたつーあの鮭。雑誌ではめっちゃおいしそうに…(以下怒りの言葉が続くが小さくフェードアウトしてゆく)
そしてぼくは考え始めた。父のことを。毎日黙ってビールを飲んでいた姿。母のどうでもいいような問いかけにテキトウにうなづいていた姿。
お父さん。ほとんどの女性は自分ではどうすることもできない「ややこしさ」を抱いているようです。そして男はそれに気がついていても何もしてやることはできないようです。きっとあなたはそのことを知っていて、無口な夫役に徹していたのですね。夫婦という間柄にあっても、どうにもならないものに対しては黙っているのが一番だったのですね。その気持ちわかります。
彼女
普通に鮭とご飯で食べたらよかったんやんな
そうやな
彼女
わざわざチャーハンにすることないやん
うん
彼女
だってそっちのほうがおいしいもん
うん
彼女
(怒りに震えて)めっちゃばかやな!わたし!全然鮭チャーハンなんか食べたくなかったのに!だいたい…(以下怒りの言葉がつづくが、小さくフェイドアウトしてゆく)
 
エピソード④
そして今日。僕は彼女との結婚を決意する。
おわり