- 軽快な音楽が鳴り響く。まるで、レースか何かが行なわれているようだ。
実は、催事屋能登さんが経営するウイロウ屋が、とある百貨店の店先に店舗を借りて出すことになった。その準備中だったのだ。百貨店オープンに間に合わせなくてはいけないので、少し焦って準備をしている。
- あずみ
- 「能登さん、これは?」
- 能登
- 「ああ、そっちの光当たるところに並べてくれる。」
- あずみ
- 「はい。えーーーっと、ここに、並べると。」
- 能登
- 「朝から、バタバタして悪いなあ。」
- あずみ
- 「いえいえ、そのつもりで来てますから。」
- 能登
- 「ありがとう。ああそれは、そこの横に。」
- あずみ
- 「はい。もう、ヨモギは出さないんですね。」
- 能登
- 「夏はヨモギも桜もあかん。夏はこれや!」
- あずみ
- 「美味しそうですよね。」
- 能登
- 「綺麗しな。冷やすとめっちゃ美味しいよ。他で売ってるところもあるけど、うちが一番安いし。」
- あずみ
- 「売れますね。」
- 能登
- 「やったらええねんけどなぁ。」
- あずみ
- 「売れますよ!私やったら買うもん。」
- 能登
- 「はは。買わんでも何個か持って帰りや。」
- あずみ
- 「ありがとうございます。」
- 能登
- 「当たり前やがな。」
- あずみ
- 「なんか急に雇ってもらって、すみません。」
- 能登
- 「いやいや、こっちも人手が足りんかったから助かったよ。それにあずみちゃんやったら一年ぐらいバイトしてくれてるから、大体分かってるしな。なーんも分かってない人雇うより、ずっとええわ。その、キンツバ、前の時はなかったやろ。」
- あずみ
- 「ほんまですね。結構これ高いですね。」
- 能登
- 「小豆ようさん使ってるからな。会社は、休んでるん?」
- あずみ
- 「やめたんです。」
- 能登
- 「そうやったんか。おっと、後30分で開店やな。いそがな。ゆずは、キンツバの隣な。」
- あずみ
- 「はいー。隣、おかき屋さん入ってますけど、雪若さんとちゃうみたいですね。」
- 能登
- 「雪若は、倒産したんや。」
- あずみ
- 「ええっ!あんなに儲けてはったのに!」
- 能登
- 「時代の流れかな。早かったわ、バッと儲けて、バッと無くなってしもうた。あずみちゃんが居った頃の催事屋はほとんど無くなったわ。残ってるんは、うちぐらいやで。」
- あずみ
- 「凄いですよね。」
- 能登
- 「細々とやってるとこが残るなんてな。ありがたいこってす。」
- あずみ
- 「だって、美味しいもん。」
- 能登
- 「もうちょいキンツバつんでくれる。」
- あずみ
- 「はい。能登さん、彼氏のこととか聞かないんですか?」
- 能登
- 「えっ?ああ、どないしてるん?あずみちゃんバイトしてた頃、よう買いに来てたよな。」
- あずみ
- 「別れたんです。入社して凄く忙しくなって、会えなくなって。会社は倒産するし。」
- 能登
- 「倒産したんか!」
- あずみ
- 「はい。なんか色々あって。」
- 能登
- 「ふうん。小銭両替してきてくれるか?」
- あずみ
- 「あっ、はい!」
- 小銭を両替に行くあずみ
- 能登
- 「ああ、おばあちゃん、おはようございます。まだなんですよ、すみません。急いではる?百貨店の方が開店するまでは、売ったら怒られますねん。けど、いっつも買ってくれてはるから、これ持って行って。ええから、ええから。荷物多いな。この紙バッグに入れて行き。ええて、百貨店のやから、気にせんでいいねん。はい、はい。また来てくださいー。」
- あずみ
- 「お待たせ。久しぶりやったから、ちょっと迷いかけました。」
- 能登
- 「ありがとさん。さあ、そろそろやな。」
- あずみ
- 「はい。久しぶりやから、緊張しますー。」
- 能登
- 「そうやろな。無理しなくていいねんで。」
- あずみ
- 「はい。」
- 能登
- 「照明つけてくれるか。」
- あずみ
- 「はい。消費税も考えてちゃんとレジ打てるかなあ。」
- 能登
- 「大丈夫や、落ち着いて打ったらええ。‥‥あずみちゃんの彼氏、今でもちょくちょく買いに来てるよ。」
- あずみ
- 「ええっ。ホントですか。」
- 能登
- 「うん。さあ、開店や!」
- あずみ
- 「あっ、はい!」
- 能登
- 「おはようございますーー。いらっしゃいませー」
- あずみ
- 「いらっしゃいませーー!いらっしゃいませー」
- 能登
- 「愛知県三河のウイロウですーー。創立300年安川のウイローー!葛を使ってますのでね、肌理(きめ)細やかでおいしいですよー。こちらのね、梅ゼリーもね、冷やすと最高です!さあどうぞーー!」
- あずみ
- 「あっ、いらっしゃいませ!はい、キンツバですね。ありがとうございますー」
- 二人の販売する声が百貨店前の往来にこだまする。
- おわり