- バン、とタクシーのドアが開いたかと思うとポイっと放り出された女
- 女
- ちょっと、ちょっとぉ!
- 呼ぶ声聞かずにサァっとタクシーは走り出す
- 女
- ケチくさいのよ!きっちり2,873円のところで降ろしやがって。出したじゃない。財布の中身全部全財産。私誠意見せたよ、なら誠意で返しやがれ。あとワンメーター分くらいオマケしたらどうよ!?サービス向上するんじゃなかったのか?ありがとうございましたって言うんじゃなかったのか?斉藤!下の名前忘れちゃったけど苗字覚えたからね。へい、タクシー!
- キキっとブレーキ チリンと軽やかなベル
- 少年
- 人力になりますけど。
- 女
- …って…通らないし、こんな道…通らないし、こんな時間…
- 女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
- 少年
- 大丈夫、ボロイけど結構走るからこの自転車。
- 女
- まずったなぁ、このヒール。買うんじゃなかった。
- 少年
- ヒール5cm以上だと外反母趾になる確率何%か知ってる?
- 女
- あー…足、いたぁい…歩くのキビシー。
- 少年
- ちょっと。
- 女
- でもしょうがないかぁ。
- 少年
- おねーさん、無視?
- 女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
- 少年
- 乗ってかない?おねーさん。
- 女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
- 少年
- 行くアテ決めてるわけじゃないし、おねーさんの家の前まで寄り道しても構わないから。
- 女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
- 少年
- ていうか、二人乗りってのが一度してみたくて。
- 女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
- 少年
- やったことない事ばっかりやってみようかなってこの夏実行中。
- 女、少年の言葉を無視してカツンカツンとヒールを鳴らす
- 少年
- ね、おねーさん。
- 女
- 無駄よ、無駄。
- 少年
- あ?
- 女
- どうせさっき全財産使い切ったとこだから、巻き上げるモンなんてひとつもないし。取ってほしいのはローンくらい。強姦目的なら、いっそのこと結婚してちょうだい。ついでにブスっと刺せるもんなら刺してみな。ヒールで踏みつけたげる。
- 少年
- おねーさん。
- 女
- 結構。
- 少年
- かえっこしない?
- 女
- は?
- 少年
- その、歩きにくそうなのと。
- 女
- …何を?
- 少年
- この自転車。かえっこ。
- 女
- はぁ?
- 少年
- 二人乗りはあきらめるから。その代わり。
- 女
- ハイヒール?
- 少年
- まだ履いたことなくって。初ハイヒール。踏まれるより、履くほうが興味あるし。色んな初体験は夏に実行って決まってるでしょ。
- 女
- すりきれちゃってるヒールで、私は得だけど、アンタの自転車、もったいなくない?
- 少年
- これもかえっこでもらったモンだから。
- 女
- は?
- 少年
- 右足から失礼します。
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- 女
- やっだ、足首つかまないでよ。
- きっと少年がひざまずいたりしてヒールを取ったんだろう
- 少年
- あ、これも初めてだ。
- 女
- え?
- 少年
- 昔、絵本で見たことあって、何だ?ディズニーとかでもあったっけ?女の子が好きそうなやつ。
- 女
- こんな年食ったシンデレラいるか。
- 少年
- え?
- 女
- 別に。
- そっと、少年、履いてみた
- 少年 ・ 女
- あ。ぴったり。
- 女
- 華奢な足。
- 歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
- 女
- ねぇ、アンタ。これからどこ行くの?
- 歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
- 少年
- 人がいらないものと、僕のもってるものをとっかえて、旅はまだまだ続くのでした。
- 歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
少年はどんどん歩いていく、どんどん遠ざかる
見送る女、ふと足を見た
- 女
- あ。路上で裸足。初体験だ…
- チリンと、軽やかにベルが響く
歩きにくそうなヒールの音が夜に響く
- おわり