- 朝と夜のはざま。まだ世界は青色に満たされている。山の裾に広がる田畑、寄り添うように建つ家々。残り少ない夜を惜しむように、カエルや虫たちが存在を主張する。鳥の目覚めまであと少しだ。男は縁側であぐらをかき、空を見上げている。
- 女
- タイチ、なの?
- 男
- ん、ああ、おはよ。
- 女
- そこで何してるの?
- 男
- 気持ちいいな縁側って。日なたぼっこもいいけど、こうやって明けてく空を眺めるのもオツだよね。
- 女
- なによー、ジジムサイ事言っちゃって。
- 男
- ね、こんな時間を何ていうか知ってる?
- 女
- 夜明け前。
- 男
- ま、そうとも言う。
- 女
- サンライズ。
- 男
- ブー。
- 女
- 何。
- 男
- かわたれどき。
- 女
- カバたれ土器。
- 男
- カバが垂れてどうすんだよ。
- 女
- カバもオネムで土器みたいに動かない、とか。
- 男
- はいはい。
- 女
- もう、何よ、いったい。
- 男
- 彼誰時(かわたれどき)、まだ薄暗くて顔もよく見えない時間、そこに居るキミは誰?って意味かな。
- 女
- かわ、
- 男
- あなたは、
- 女
- たれ
- 男
- 誰?
- 女
- ふーん。
- 男
- 夕方の事を「たそがれ」って言うでしょ。
- 女
- うん。
- 男
- それも同じ、タソ、誰なの。カレ、あんたはって事。
- 女
- ヘーヘー。
- 男
- はいはいごめんね、朝からウンチク垂れました。
- 女
- でもちょっとステキだね。
- 男
- なんで。
- 女
- 夜と朝のハザマはアナタもワタシも互いを確しかめあうの。キミは誰なのって。
- 男
- ・・・キミはだあれ?
- 女
- ホリカワミキ。女、24歳。
- 男
- キミは誰。
- 女
- カワシマタイチの恋人。
- 男
- キミは誰。
- 女
- 私はだぁれ?
- 男
- ・・・。
- 女
- 今日は、川で釣りでもしようか。
- 男
- 言わなくちゃね。
- 女
- 言うって・・・もう父さんも、母さんも分かってるって。
- 男
- そうだけど。やっぱりさ、別々の部屋に布団敷かれるってのは認められてないって事でしょ。
- 女
- 古い人たちだから。
- 男
- やっぱそうでしょ、そうなんだよ。
- 女
- 私はだあれ。
- 男
- キミは、ボクの妻になって欲しいヒト。
- 女
- え!?
- 男
- えって?
- 女
- 言うって、あたし達付き合ってるって言いたかったんじゃないの?
- 男
- え、結婚したいって言うつもりで来たんだよ。
- 女
- うっそー!結婚、え、結婚すんの?
- 男
- なにオレ先走りすぎた?
- 女
- まだプロポーズもしてもらってないじゃない。
- 男
- 指輪、あげたよね。
- 女
- これ、誕生日プレゼントでしょ。
- 男
- ははは。
- 女
- ははは・・・返す、指輪。
- 男
- え・・・。(男は、呆然と指輪を受け取る。)
- 女
- (くすくすと笑って)これは、タイチがはめてくれなきゃ
- 男
- ミキ・・・。
- 女
- うん。
- 男は、女の中指なんかに指輪をはめようとボケてみたりする、かもしれない。
そんな二人をひやかすように、朝の空にトンビが舞う。ピーヒョロロー。
- 終わってまた始まる