- 金曜、夜の街角。熱帯魚のごとく華やかに行きかう人々。
その流れに押し出されうなだれながらチラシを配っている女がいる。
- 女
- カラオケいかがですかー、今なら飲み放題、オールナイトで…ええと、お客様、カラオケいかがですか?
- 男
- ワシ、客ちゃうで。
- 女
- あ、それはすみません。大変失礼いたしました。
- 男
- チミィー(きみ)、そういうのを慇懃無礼っていうんだよ。
- 女
- (無視)カラオケいかがですかー、ただいまサービ、
- 男
- (遮って)無視すんなよ。
- 女
- 仕事の邪魔しないでいただけますか。
- 男
- 仕事?
- 女
- 仕事じゃなかったら、こんな事してません。
- 男
- さっきからほとんど渡してへんやん。チラシ。
- 女
- だって、誰も振り向いてくれないし、もう疲れちゃって。
- 男
- イヤなんやったら、辞めてまえ。
- 女
- は?
- 男
- 辞めてしもたらエエねん。イヤな事なんか屁ぇこいてプーや。
- 女
- あの…。
- 男
- なんや。
- 女
- あなたさっきから何してるんですか?
- 男
- 今夜の寝床の調達。
- 女
- は?
- 男
- ダンボール探してる。
- 女
- はぁ。
- 男
- 携帯落としてもてな。
- 女
- そうなんですか。
- 男
- 財布も落としてな。
- 女
- なんで?
- 男
- カバン、破れててん。気ぃついたらカバン中カラッポ。ついでに今日、うち、引越しでな。
- 女
- ウッソォー!?
- 男
- ホンマホンマ。どこに帰ったらエエかわからへんねん。大人の迷子やな。ははは。
- 女
- 笑ってる場合じゃないですよ。すぐに警察に行ったほうが…。
- 男
- エエねん。
- 女
- 何がいいんですか。
- 男
- なんやしらん気持ちエエ。ワシ、今、自由や。何の束縛もない。会社も女房も子供もみーんな屁こいてプーや。ワシは今日から人生リセットすんねん。
- 女
- 人生のリセット…。
- 男
- そや、ビバ・フリーダム。あんたもほら、言うてみ。
- 女
- ビバ・フリーダム?
- 男
- ほら、もっと大きな声で。
- 女
- ビバ・フリーダム!
- 男
- そやそや。
- 女
- ああ、なんか今、私注目されてる。
- 男
- ビバ・フリーダム!
- 女
- ビバ・フリーダム!楽しくなってきた。
- 男
- チラシなんかパーっと撒いたったらエエねん。
- 女
- こんなもん、こんなもん、エエイ、撒いちゃえー。
- 男
- ビバ・フリーダム!
- 持っていたチラシを天に向かってばら撒く女。
- 男
- これで今夜からあんたもリセットや。
- 女
- あっ、あれは?
- 男
- ん?
- 女
- その自動販売機の上。
- 男
- あ…これワシの携帯や。
- 女
- 携帯なんか壊しちゃえー。
- 男
- おおきに、おおきに姉ちゃん助かったわ。
- 女
- え、あ、は?
- 携帯をかける男。
- 男
- ああ、フサエか、ワシや。携帯と財布落としてしもてな。往生しててん。
- 女
- 何それ。
- 男
- (女に)姉ちゃん、達者でくらせよ。(携帯に)いや、ゴメンて、許してーな。埋め合わせするし、な。こっち迎えに来てくれるか?悪いなぁ引越しでバタバタしてんのに…。
- 女
- え、あのちょっと。
- 男は喋りながら去っていく。
- 女
- 何が自由よ、何がリセットよ、大嘘つきの酔っ払い。…はーぁどーしよう。
- 女は撒いたチラシを広い始める。
- 女
- …カラオケ…いかがですか、今なら飲み放題、オールナイトで…。
- 終わってまた始まる。