山河流陣太鼓が打ち鳴らされる。
大石
「敵(かたき)は本所、きゅら、(すぐに言い直し)吉良邸にあり!」
りく
「内蔵助様、大丈夫ですか」
大石
「緊張してきた。四十六人を前に敵の名前は間違えられん。」
りく
「もう討ち入るので?」
大石
「お前が待てと言うから待ったのだ。これ以上は待てん」
りく
「お腹の子は」
大石
「りく、お前も武士の妻。覚悟はしておったはずだ。…行ってくる」
りく
「お気をつけて」
大石
「お気をつけようがない」
りく
「はい」
大石
「行ってくる」
りく
「行ってらっしゃいませ」
大石
「いざ!しゅちゅじん」
りく
「あの!」
大石
「なんだ」
りく
「本当に四十六人も集まるのでしょうか」
大石
「何を言っておる」
りく
「一応、討ち入る前には出席をとられたほうがいいかと」
大石
「四十六人もおるのだぞ」
りく
「まさか名前を覚えておられないので」
大石
「馬鹿を言うな。命運を共にする同士だ」
りく
「言ってみてください」
大石
「えっ、名簿があるから」
りく
「そんなもの読み上げるなど、武士のすることではありません。さあ」
大石
「(りくに反論できず)原宗右衛門元辰(はらそうえもんもととき)」
りく
「はい」
これ以降、りくの返事は全てその者に扮して。
大石
「なんだ」
りく
「返事がなければ欠席です」
大石
「吉田忠左衛門兼亮(よしだちゅうざえもんかねすけ)」
りく
「はい」
大石
「片岡源五右衛門高房(かたおかげんごえもんたかふさ)」
りく
「はい」
大石
「えっと…」
りく
「やはりお忘れで」
大石
「堀部弥兵衛(ほりべやへえ)」
りく
「それだけ?」
大石
「いつも弥兵衛って呼んでるから」
りく
「それだけ?」
大石
「まだ名前があるのか」
りく
「はい」
大石
「堀部弥兵衛…三郎」
りく
「適当に言わない」
大石
「思い出した、堀部弥兵衛金丸(ほりべやへえかなまる)」
りく
「はい」
大石
「間瀬久太夫正明(ませきゅうだゆうまさあき)」
りく
「それだけ?」
大石
「間瀬久太夫正明三郎」
りく
「正明でいいんです。適当に付け加えない。しかもまた三郎」
大石
「不安だったんだ」
りく
「まだ四十一人残っていますよ」
大石
「もう行かないと、時間が」
りく
「まだ四十一人残ってます!」
大石
「…堀部安兵衛武庸(ほりべやすべえたけつね)」
りく
「はい」
大石は矢継ぎ早に名を呼んでいく。
大石
「大高源五忠雄(おおたかげんごただお)」
りく
「はい」
大石
「吉田沢右衛門兼貞(よしださわえもんかねさだ)」
りく
「はい」
大石
「杉野十平次次房(すぎのじゅうへいじつつぎふさ)」
りく
「はい」
大石
「大石瀬左衛門信清(おおいしせざえもんのぶきよ)」
りく
「はい。あっ、ちょっと待ってください。今安兵衛と同じ声でした」
大石
「どうでもよいだろう」
りく
「命運を共にする同士の声がどうでもいいと。さ、もう一回」
大石
「大石瀬左衛門信清」
りく
「はい」
大石
「赤植源蔵重賢(あかばねげんぞうしげかた)」
りく
「はい」
大石
「不和数衛門正種(ふわかずえもんまさたね)」
りく
「はい」
りくの返事は段々と涙声に。
大石
「倉橋伝助武幸(くらはしでんすけたけゆき)」
りく
「はい」
大石
「矢頭右衛門七教兼(やとうえもんしちのりかね)」
りく
「はい」
大石
「大石主税良金(おおいしちからよしかね)」
りく
「はい」
大石
「りく、もうよい。ありがとう」
りく
「私は」
大石
「背中を押したり足を引っ張ったり。武士の妻は大変だな」
りく
「はい」
大石
「行ってくる。敵は本所、きゅら邸にあり」
りく
「まだ、練習が要りますね」
大石
「吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)。みな名前が長過ぎる。この子にはもっと短い名前がいいな。大三郎でどうだ」
りく
「また、三郎…」
大石
「いざ、山陣!!」
山河流陣太鼓が打ち鳴らされる。
りく
「(四十六人いるかのごとく)おーっ!」
大石
「だからもういいって」
おしまい