- きっと校舎のまわりでは卒業生達が最後のお別れをしてるんだろう
桜の並木道はどの学校でもありそうだ
ありきたりの卒業式は毎年のことなんだろう
その卒業式のこそばゆい雰囲気から少しはなれて
飛び込み台第三コースに上る女子生徒
彼女がにらみつけているその水はきっと濁っている
- 部員
- 「第三のコース。ピ、ピ、ピ、ポーン」
- 姿勢をかがめてヨーイスタート、でも飛び込まない
- 帰宅
- あー、おったぁ。
- ぐるりとプールを囲む金網ガシャンと音立てて帰宅が声かける
- 部員
- 「第三のコース…」
- 帰宅
- めっちゃ探したって。
- 部員
- 「もう一度姿勢を戻します」
- 帰宅
- 写真、クラスで取ろうって、なぁ。
- 部員
- 「それでは決勝、緊張がみなぎります」
- 帰宅
- 何してんねん。
- 部員
- 「第三のコース」
- 帰宅
- あほかぁ。まだ水冷たいで。
- 部員
- 「ピ」
- 帰宅
- なぁ、写真…
- 部員
- 「ピ」
- 帰宅
- お前待ち。
- 部員
- 「ピ」
- 帰宅
- なぁ、ちょっと?
- 部員
- 「ポーン」
- 帰宅
- ちょっと待てや、
- だけど部員は飛び込まない
フリしただけ
ガシャンと金網が激しく音立てたのは、帰宅が力強く揺すったから
- 帰宅
- …あせったぁ…何やねん、真剣飛び込むか思たわ。まだ冷たい言うてるやろ。
- 部員
- 一番、でかい大会やってん。
- 帰宅
- あ?
- 部員
- 最後の大会やってん。
- 帰宅
- ああ…またあれか?
- 部員
- それで引退やってん。
- 帰宅
- まだ気にしてんの?
- 部員
- ポーンの瞬間にな、
- 帰宅
- 出遅れたもんはしゃあない。
- 部員
- 頭まっしろになって、
- 帰宅
- 緊張してたんやろ。
- 部員
- 体かたまってもて、ただ見てた。
- 帰宅
- 一秒の遅れが命とり、これ飛び込みの真髄って、お前がいつも言うてるやつ。
- 部員
- 青色映ってた。
- 帰宅
- 青?
- 部員
- 飛び込み台から覗いたら空の青、映って、白いもこもこが横切って、真夏が、水に映ってた。
- 帰宅
- もう春やで。やから、映ってんのは青じゃなくて、ほら、ピンク。
- 部員
- 花びら…
- 帰宅
- もう過ぎてもうたから。悔しいのは分かるけど。
- 部員
- 違うねん。
- 帰宅
- あ?
- 部員
- 薄れてる。シャワー浴びてる間も、閉会式も悔しくて奥歯に力入れて、でも塩素の匂いが鼻かすめた瞬間、涙とまらんかった。のに。
- 帰宅
- のに?
- 部員
- 何でか、もう薄れてる。もうあの悔しさ思い出されへん。
- 帰宅
- ほんで、また覗き込んでんの?
- 部員
- またあの真夏の青、映らんかなって。浮いてる花びら掻き分けたら、戻ってきそうやから。
- 帰宅
- 探したろか?
- 部員
- え?
- 帰宅
- ちょっと待って。
- 金網乗り越えて、帰宅が第三のコースの登った
- 部員
- 探すって、ちょっと?
- 帰宅
- 「第三のコース」
- 部員
- ちょっと何する気…
- 部員の声も聞かずに、飛び込み台を蹴った帰宅
大きな水音、揺れた花びら、水音の余韻だけが残って、
遠くから卒業生の声がかすかに聞こえるだけ ほんの1秒?ゆっくり5分?
- 帰宅
- っっっぱぁぁぁ。
- ずぶぬれの顔を上げると水に浸かったまま大声で言った
- 帰宅
- なかった。もう春やから、去年の夏はどこにもないから。
- 部員
- …うん、分かってる…
- NA(僕らはいつだって過ぎた真夏を悔やむのだ
- おわり