- 夜の十一時になるかならないかの時間。妻がひとり座っている。部屋にはほんの少しカレーの匂いが漂っている。恐ろしいほどの静けさ。犬の遠吠えと時計の秒針の音が聞こえる
- 妻
- (ため息)…ばか
- そのとき玄関の扉が開く音がして夫がかえってくる
- 夫
- (ものすごく上機嫌)ただいま!ふきのとうもらってきた!はやくはやくはやく!おい、ふきのとうもらってきた、ふきのとう!はやくはやく鮮度がおちる鮮度が!早くてんぷらにしてくれ!
- 妻
- (ものすごく不機嫌に)なに?
- 夫
- ふきのとう
- 妻
- は?
- 夫
- いや会社帰りにな吉田さんにちょっとこいっていわれたのよ、それで吉田さんが学生時代からいってる居酒屋にいったわけ、そしたら、そこおじいちゃんとおばぁちゃんが二人でやってる居酒屋でさ、俺ら客やのに働かされるわけ、おれ生まれて初めて焼き鳥やいてさ、なんか二時間ぐらい働かされたわけ、それで帰りにそのおばぁちゃんから親戚からもらったんやけどって、お礼に…、怒ってるのか?
- 妻は何も答えない
- 夫
- …鮮度が命らしいのよ、それで出来れば今晩中にてんぷらにしてたべたら…
- 妻
- それで?
- 夫
- おいしいらしいですよ。いや毎日カレーか卵料理ばっかりやん、たまにはさ
- 妻
- (遮って)今日カレー
- 夫
- あ、もうつくったの?
- 妻
- あんた今日何時に帰ってくるって言ったのよ
- 夫
- あ、
- 妻
- (怒りをおさえて)今日は早く帰ってくるっていったやん
- 夫
- いや、いろいろあるから
- 妻
- のみに行ってたんやろ
- 夫
- いや居酒屋ではたらいてたの
- 妻
- (怒り爆発)あんたが!吉田さんにめっちゃおいしいカレー屋さん連れてってもらったって話してたから、私、めっちゃがんばって今日カレーつくったのに、は?てんぷらつくって?あたし何時間まったと思ってるのよ!
- 夫
- すまん
- 妻
- 四時からよ。四時からさイカかってホタテかって海老かってワイン買ってさ、たまねぎも三十分炒めてさ、そらあんたからしたらしょうもないことやろうけど
- 夫
- そんなこといってないやろ
- 妻
- それでてんぷらにしてくれって
- 夫
- 知らんかってん
- 妻
- 私は、何?
- 夫
- 何ってなに?
- 妻
- (大声で)私はいったいなんなのよ!
- 夫
- 大きい声だすな!近所迷惑やろ
- 妻
- (なきながら)もうカレーすてる
- 夫
- やめとけって
- 妻
- (泣きながら)カレーすてててんぷらにしたらいいんやろ
- 夫
- そんなこといってない
- 妻
- 私はな、あんたからその話きいて、それじゃぁおいしいカレーつくろうって、そういえばシーフードのカレーって全然作ってないなーって思って、夕方の四時から…(以下泣き声でききとれない)
- 夫
- そうやな、ごめんな
- 妻
- だってこうちゃんこの部屋借りるときも全部私任せやったし
- 夫
- (なだめて)ひどいな
- 妻
- 私がCDかけたら絶対テレビつけるし
- 夫
- 嫌味な男や
- 妻
- 近所の犬に私のお父さんの名前つけるし
- 夫
- 失礼なやっちゃ
- 妻
- 私らやっぱり、あわへんねん
- 泣き崩れる妻に夫は困り果てる
- 夫
- そんなことないよ、ちょっとすれ違ってるだけやん。俺だってさ、ふきのとう貰った時、あーこれでおまえとビールとか飲んだらおいしいやろうなって思ったもん
- 妻
- 私だってこうちゃんとカレー食べながら赤ワイン飲もうと思ったよ
- 「愛を感じさせてくれる音」イン
- 夫
- …ケイコ
- 妻
- …こうちゃん
- 夫
- 大丈夫ちょっとすれ違ってるだけやって、気持ちはあるもん
- 妻
- ほんま?
- 夫
- あたりまえやんけ。…よし!カレーにふきのとういれよ!
- 妻
- え?
- 夫
- 気持ちやんけ。こんなけ気持ちがつまってるんやからきっとおいしいよ
- 妻
- でも
- 夫
- でももストもない。俺はもう決めたぞ
- 妻
- …こうちゃんが久しぶりに決断してる!
- 夫
- あたりまえやんけ!俺も一家の主なんじゃ!
- 「愛を感じさせてくれる音」高まる
- 妻と夫
- 十分後
- そして十分ぐらい経過して食事のシーン
スプーンがお皿に当たる音などがしてる
二人は黙々と食事
- 夫
- …やっぱり…
- 妻
- うん?
- 夫
- いや
- 妻
- ふきのとうってにがいな
- 夫
- いやこーゆうふうにたべるもんとちがうから
- 妻
- ふーん
- 夫
- …やっぱり
- 妻
- うん?
- 夫
- いや
- 妻
- 別々のほうがおいしかったやろな
- 夫
- …そんなこというなよ
- おわり