- 平日の午後の公園に男と女がいる。冬の日である。空には雲はなく高く澄み渡っている。人影はまばら、子供を連れた若奥さんがひとくみだけいる。公園の中央にある噴水の前でおっさんがひとりその噴水をじっとみている。
- 男
- ほらみてみあの人、噴水をじっとみてる
- 女
- ねぇ、どっかいこうよ。私せっかく休みとったんやから
- 男
- あーゆう人ってどうやって生活してるんやろ
- 女
- そら仕事してるんちゃう
- 男
- でもいつもやで、いつもあそこ座って一日じゅう噴水みてるねん
- 女
- 定年退職したんとちゃう、もうどっかいこうよ
- 男
- なにを考えてるんやろ
- 女
- どうだっていいやん
- 男
- ピクリとも動かないもんね、あの人。うーん
- そう言うと男はじっくり噴水の前のおじさんを観察しはじめる
- 女
- あんた昨日なにしてたの
- 男
- ここにいた
- 女
- ここでなにしてたの
- 男
- ここで、あの人みてた
- 女
- 一日中?
- 男
- 一日中。
- 女
- (ため息)
- 男
- どういう気持なんやろあの人。もう一週間ぐらい毎日やで
- 女
- (皮肉っぽく)ほんと、よく一日おんなじとこに座ってられるよな
- 男
- (女の皮肉にはまったく気づかず)ほんとやね
- 女
- (ため息)どっかいこうよ
- 男
- いやここであの人みてようよ
- 女
- なにがおもしろいのよ
- 男
- だってずっと噴水見てるねんでめっちゃきになるやん
- 女
- なにがきになるのよ
- 男
- 何をかんがえてるんやろ
- 女
- どっかいこうよ
- 男
- ここにいたら、お金もかからへんやん
- 女
- 遊びに行こうよ
- 男
- 遊びってなんやねん
- 女
- は?
- 男
- この歳なって遊びって、ぷらぷらあるくだけやろ
- 女
- ここにいるよりましでしょ
- 男
- いや、なんか金つかってまうねん
- 女
- もういいやんそれぐらい
- 男
- いや、俺はいま失業中なの、計画的にいかなきゃいけないの
- 女
- ここにいても私はすることないんですけど
- 男
- …昨日俳句作ってん
- 女
- は?
- 男
- 発表していい
- 女
- だめ
- 男
- (無視して)「冬空に とぶとぶ鳥がむれなして やがて来る春 梅のハナハナ」
- 女
- 短歌やんそれ
- 男
- え?
- 女
- なによ梅のハナハナって
- 男
- 枕詞やん
- 女
- そんなん枕言葉っていわへん
- 男
- 掛詞
- 女
- 何にもなってない!もうどっかいこうよ!
- 男
- (急に哲学者めいた顔をして)俺はな。この公園でふかーい何かを学んだよ
- 女
- もうききたない
- 男
- (無視して)人生どうやって生きていくかも確かに問題だが、そもそもわれわれはなぜ生きているのか
- 女
- せっかく休み取ったのに
- 男
- (無視して)どこから来てどこへいくのか
- 女
- あんたと違って私は働いてるの。貴重な休日なの
- 男
- あのおじさんもきっとふかーい何かを感じているんだよ。うーん
- 男は再び噴水のおじさんを観察する姿勢になる
- 女
- …私も一句できた
- 男
- え?
- 女
- 「いつまでも あると思うな 失業保険」
- 男
- うーん。…それも、ふかいね
- おわり