- チャリンジャリンリンリンチャリン
指先でもてあそばれて鍵同士はぶつかり合って音を出す
チャリンジャリンリンリンリン
- 煩悩
- 恨み、
- 鍵をひとつチャリン
- 煩悩
- 妬み、
- もひとつチャリン
鍵に名前でもあるみたいに山のように積み上げた鍵を数えていく
- 煩悩
- 嫉妬、皮肉、肉欲、食欲、よせばいいのに執着心。怒り、欲張り、見栄っ張り、目移り、女々しい、目の敵、不意打ち、吹聴、無愛想、侮辱、屈辱、オー、ショック…あ?ショックはちと違うね。うん、やり直し。ズボラ、押しつけ、嘘つき、だまし討ち、無学、むかつく、けちん…
- かすかに流れていた閉店おきまりの「蛍の光」が急にボリュームを上げた
- 煩悩
- ぼーぅ!何?ちょっといきなりボリュームあげないでよ。びっくりしてどこまで考えたか忘れるじゃないの。
- 鍵屋
- 早く帰りたい時にはバイトなら誰だってするテクニックっしょ。
- 煩悩
- はいぃ?
- 鍵屋
- 閉店。聞こえない?蛍の光が、ほら、もうおしまいって。
- 煩悩
- まだ8時前ぢゃないのさ。
- 鍵屋
- 7時55分。
- 煩悩
- 何?こっちは客よー?
- 鍵屋
- 昼の1時からずっと。うらみぃ~ねたみぃ~って、他の客が怖くて入って来れないっしょ。
- 煩悩
- そのかわり今日の売り上げに貢献しようとしてるじゃないよ。
- 鍵屋
- 分かりました。鍵、108個でーす。合計56275円になりまーす。カード?キャッシュ?どうなさいますー?
- 煩悩
- あんた、煩悩だらけの上に脳のない小娘ね!!昼からずっとやってる作業見てるでしょ?
- 鍵屋
- 嫌んなるくらい。
- 煩悩
- 108つよ、108つ。これ考えるのに結構苦労してたのよ。
- 鍵屋
- それついこの間、大晦日にまとめて浄化してくれたっしょ?どっかの除夜の鐘が。
- 煩悩
- そんな都合のいいことばっかりやってるからぽーっとしたボンノー野郎になっちゃうの。だからね、年始に108つ、ちゃんと閉じこめる鍵持っておかないと。私くらいのレベルになるとね、ガチャリって鍵かけてコントロール自由なの。完璧な人間てレベルの話よ。もちろん鍵を掛けるのはパントマイム、お見せできないのが残念。だって心の鍵だーもの。
- 鍵屋
- あんたの都合で店開けてるわけでもないっしょ。分かる?
- 煩悩
- 分からないのよ。
- 鍵屋
- 分からないのが分かんない。
- 煩悩
- あと残りひとつがね、どうしても分からないのよ。107つまでは、いけたんだけどね。
- 鍵屋
- もひとつ分からないのが、それ108つ鍵掛けたら人間じゃなくて人形みたいっしょ?
- 煩悩
- 悟るのよ、完全人間は。
- 鍵屋
- あと2分。
- 煩悩
- 何急いでるのよ?どうせテレビ?夜盛り上がる?デイバイデイ?
- 鍵屋
- 快楽。
- 煩悩
- あぅ?
- 鍵屋
- 入ってる?
- 煩悩
- 入ってるわよ、色とりどり何種類も。
- 鍵屋
- あと1分30秒、とりあえず速攻でレジ閉めるから。
- 煩悩
- えぇ?じゃ先に払っちゃうわよ。
- 鍵屋
- あとひとつくらいすぐ考えれそうなもんっしょ?どいて、看板仕舞うから。
- ジーカタカタカタ、ドタンバッタン 鍵屋はマッハで店仕舞いの支度
- 煩悩
- 無理よ、だってこれ以上ないくらい考えたんだもの。ねぇ何でそんなに急ぐのよ。
- 鍵屋
- セコムが8時に強制的に店閉めるから閉じこめられんの!
- 煩悩
- それ早く言ってよ。私客よ?
- 鍵屋
- タイムカード…
- 煩悩
- ちょっと!シャッターきゅるきゅる言ってるわよ。
- 鍵屋
- 滑り込むしかないっしょ?
- きゅるきゅる、ざざざー、シャッターが降りる音と滑り込みセーフの音
じゃりんりんりんりんと、108つの鍵がなった
- 煩悩
- あ~…セーフねぇ…
- 滑りこんだままの体勢で、冬のコンクリートの上にへばりついて
二人はしばらく起きあがる気にならなくて
- 鍵屋
- …あっ…分かった…
- 煩悩
- 何よ。
- 鍵屋
- ねぇ、「愛」って、煩悩っしょ。
- 煩悩
- 違うでしょ…?
- 鍵屋
- あっし、そう思うね。
- 煩悩
- あ~ぁ、ヤな女。
- 冬のコンクリートは冷たい
それがとても心地良い
あたしたちは人形じゃないから
- おしまい