- ズゥンズゥン、カーステレオのひびく重低音。
運転席の男は鼻歌まじり。
- 男
- ♪♪♪♪♪♪♪
- 一瞬鼻歌がピタリとやんだかと思うと息をのむ。
と同時に思いきりブレーキをふんだ
キキキキー。
- 男
- っっっはあ…はあぁ、あせった…
- ピピーピピピピと軽カイにフエの音
- 男
- え?
- 女
- はーい。オーライ、オーライ、よせて。よせて。
- ドアから顔を出して男は叫ぶ
- 男
- ちょっと!あんた飛び出したらあぶないだろ。何考えて…
- 女
- ピピピピピ!はい言い訳しない、はぐらかさない、ウソつかない。ハーッお願いします。
- 男
- はっ!?
- 女
- 飲酒検問です。
- 男
- はぁ?検問つったってあんた…
- 急に電子メロディ音で流れ出す「飲んでー飲んでー飲まれてー、飲んでー」(酒とタバコと男と女?かな)
- 女
- ほら、ひっかかった。どのくらい飲んだの?
- 男
- 飲んでない。
- 女
- ちゃんとお酒探知機が反応してるじゃない。
- 男
- 反応してるのはあんたの息でしょ。何で検問してる方が飲んでんの?って、顔ちかづけんなって、酒くさ…。
- 女
- 私の勝手よ。
- 男
- 勤務中だろうが。
- 女
- 飲酒運転じゃないからいいの。ちゃんと地に足ついてんの。
- 男
- フラついてるし。
- 女
- うっさい。ばっきん30万円。
- 男
- なんで?ていうかあんたどう見てもケーサツじゃないでしょう。どうしてケーサツでもない人から、こんな所で足どめ食らわなきゃなんないんだよ。
- 女
- それが何?足どめ食らうのはね、いつもケーサツだけってわけじゃないのよ。
- 男
- じゃ、これ何のための足どめ?
- 女
- 私のための足どめ!
- 男
- …は…?
- 女
- 誰でもいいから聞いてほしいのよ。
- 男
- え?、あの…
- 女
- 何て言うの?この心の内ってやつ?いわゆる悩み?
- 男
- 友だちに…話しゃいいんじゃないんですか…
- 女
- それじゃイミないのよ。見ず知らずの他人じゃないと。
- 男
- だからなんで?
- 女
- 友だちじゃ、心さらけだせないじゃない。
- 男
- あんたそれ本当に友だちか!?
- 女
- そういう時もあるでしょ?
- 男
- じゃネットででもつながったら。
- 女
- 声に出して言わなきゃスッキリしないの!
- 男
- それじゃ旅に出たら?
- 女
- たび…?ふん。
- 男
- あ…何?
- 女
- あんた旅に出りゃ何か変わるとか思ってんの?
- 男
- 一般論で、申し訳ないですが…ていうかそれよりこの状況申し訳ないって思ってる?僕に対して。
- 女
- 一般論じゃなくて、あんたはどうよ?今出会ってるのは他の一般の誰か、じゃなくて見ず知らずの私とあんたでしょう?
- 男
- 旅に出て…?
- 女
- そう。
- 男
- 何かかわる?
- 女
- そう。
- 男
- そりゃいつもと違うことをしなきゃいけない状況になるから…
- 女
- かわったってサッカクするだけ?
- 男
- 何もしないよりマシでしょ。
- 女
- した方が…?
- 男
- 一般論…だけど。
- 女
- だからやってみてるじゃない。見ず知らずの人ひっつかまえて、のまないお酒のんで、いつも口の中でモゴモゴしてる言葉はきだして、いつもやらないことやってみてんじゃない。
- 男
- それで、何かかわりました?
- 女
- え…?
- 男、車のキーをぐるんと回した
エンジンがかかる
車がブルンと身ぶるいしたように
- 男
- のる?
- 女
- え!?
- 男
- こっちの方向だけど。
- 女
- でも、ねえ、そう、ね。それで、何かかわるかしら…?
- アクセルをふむ
車はゆっくりと進んでやがてカーブを曲がる
ズゥンズゥンひびく重低音
シンと静まった車内
車は足どめをくらった場所から
ずいぶん離れていく。
あの女が、車にのりこんだのか、
まだあの場所で別の誰かをひっつかんでいるのか、
それは、あの女と男にしかわからないだろう。
- おしまい