- ある平凡な夕暮れ時。
リビングで母は洗濯物をたたんでいる。
息子のタケシが入ってくる。
- 息子
- ねー、お母さん。
- 母
- あら、タケシおかえり。
- 息子
- 新しいお家に引っ越したから、動物飼ってもいいって言ってたよね。
- 母
- タケシがちゃんと面倒見るって約束するならね。
- 息子
- 約束するする、するからさー。
- 母
- で、何が飼いたいの、ワンちゃん、猫ちゃん?
- 息子
- ううん。
- 母
- じゃあなぁに?
- 息子
- 牛。
- 母
- 虫?
- 息子
- 牛。
- 母
- う、し…。
- 息子
- そこの空き地に捨てられてた。
- 母
- なに言ってるの。ここがちょっと田舎だからって牛なんて、
- 息子
- ホントだよ段ボールに「子牛もらってください」って書いてあったんだから。
- 母
- まさか。
- 息子
- ほら、母さんもユキちゃんに会ってよ。
- 母
- ユキちゃんて?
- 息子
- 子牛の名前。
- 母
- えっ!連れてきちゃったの?
- 息子
- だって…。
- 母
- ああ、駄目、母さん頭痛が…。
- 息子
- 都合わるくなったらすぐ頭痛くなるんだから。早く、こっち来て。
- パタパタと玄関に向かうタケシ。思い足取りの母。
玄関先の子牛、悲しげに鳴く。
- 息子
- ほら、見て、ユキちゃん。かわいいでしょ。
- 母
- か、かわいいけど。駄目よ牛なんて。
- 息子
- 母さん英語で牛ってなんての。
- 母
- …カ、飼わない。
- 息子
- 母さんの嘘つき、ちゃんと面倒みられるなら飼ってもいいって言ったクセに!
- 母
- そりゃあ言ったけど、動物なら何でもいいなんて母さん言わなかった。
- 息子
- ヨッコん家だって牛飼ってるんだぞ。
- 母
- 横山君のおうちは、ペットとして飼ってるんじゃないの、あれは家畜として、
- 息子
- どっちだって一緒だよ、飼ってたら、飼って。
- 母
- 拾った場所に戻してらっしゃい。
- 息子
- ヤダ。
- 子牛鳴く。
- 息子
- ほら、ユキちゃんここに居たいんだよ。ねーお母さん、一生のお願いだから。
- 母
- そうだ!
- 息子
- え、いいの。
- 母
- ああ、ううん。…横山君のとこで飼ってもらえないか頼んでみましょう。
- 息子
- ええー。
- 母
- 今は小さいから可愛いけど、こーんなに大きくなるのよ。うちじゃ無理よ。
- 息子
- …きっとボクんちで飼うより幸せだよね。
- 母
- そうね、仲間もたくさんいるしね。
- 息子
- わかったよ。…バイバイ、ユキちゃん。
- 子牛鳴く。
数時間後。
- 母
- ただいま。
- 息子
- どうだった?
- 母
- 大切に育てますって。
- 息子
- そっか。
- 母
- いつだって会えるんだから。
- 息子
- うん。
- 母
- さ、元気だして。今夜はタケシの大好きな、すき焼きよ。
- 息子
- ワーイ、ヤッター!!
- 終わってまた始まる