- 晴天。どこまでも続くハイウェイをぽこぽこと走る古い車。ぽこぽこは古いから…だけではなくて、ガソリンが、足りないのだ。ぽこぽこぽこ…と…と…と…ぷすん。
古ぼけたガスストップ。ひざのすり切れたズボンをはいた女がひとり、立っている。
- 女
- …っらっしゃい。ガソリンですかぁ?
- 車の窓が開く。顔を出したのは、疲れきった顔をした男…
- 男
- ここは?
- 女
- 給油所です。
- 男
- なんでこんなところに…?
- 女
- こんなところにあると助かるでしょう。
- 男
- ……助かった…。
- 女、手を出す。
- 男
- ああ…(ポケットからコインを取り出し、窓越しに女に渡す)
- 女
- 毎度あり。じゃ、入れるよお~。
- (ぷしゅーっ、どくどくどく。ガソリンを注ぎ込む。)
- 男
- こんなところに給油所があるなんて聞いてない…
- 女
- 特に宣伝もしてないしね。
- 男
- いや…
- 女
- 先長いんだからさ、途中で給油しなくちゃ国境を越えられない。
- 男
- あとどれくらい?
- 女
- あんたが来たのと同じだけ。ここがちょうど真ん中だから。
- 男
- そうか…。じゃあ、全然足りなかったな。万全だと思ったのに…。
- 女
- 道の長さがわからないのに、なんでガソリンの量がわかんのよ。
- 男
- あるだけ全部入れてきたんだ。
- 女
- どれだけ持ってきたって一緒よ。たくさん積んだらそれだけ燃費悪くなるんだから。
- 男
- ……
- 女
- 要るだけ全部持って出るなんて無理よ。そういう発想は経済的じゃないです。
- 男
- 経済的…(呆然)………(気を取り直し、)商売は…繁盛してる?
- 女
- 最近はダメね。
もう誰も通らないのかと思ってた…。
- 男
- あっちからも?
- 女
- あっちからもこっちからも。
- 男
- そうか…。それは、
- 女
- でも、あんたが通ったって事は…、
- 男
- (何か言いかけるが遮られる)
- 女
- 理由は知らない。どっちの国からも遠すぎて。ここまでは何にも聞こえてこない。
- 男
- 君は、どっちの国から?
- 女
- 覚えてない。
- 男
- …え……。
- 女
- お客さん、(車が来た方向を指して)あっちの国のひと?
- 男
- いや。
- 女
- じゃあ、(車が向かう方向を指して)国へ帰るんだ。
- 男
- ああ。君は…、ずっと帰らないの?
- 女
- どこへ帰るのよ?
- 男
- そうか…(何か、考えている)じゃあ、ずっとここに?
- 女
- さあ。飽きたらどっか行くかも。思い出したら帰るかも。
- 男
- 思い出したら帰るのか。
- 女
- えっ?
- 男
- 帰るところがあったら、帰ることも帰らないこともできる。
- 男は何か、考えている…。
- 女
- 帰ることと帰らないことしかできないの?
- 男
- …
- 女
- で、あんたは帰るんだ。
- 男
- うん。
- 給油が終わる。
- 女
- あいよ。これで、国境を越えられる。
- 男
- ……乗せてってやろうか?
- 女
- だから、荷物増えると燃費悪くなるって。人の話聞いてる?
- 男
- この先、給油所は?
- 女
- 知らない。あったとしても、そこにもまた誰かいるわよ。
- 男
- ……。
- 女
- さっさと行きな。こっから先も、長いんだから。
- 男、何かいいかけるが、女はもう聞いていない。女は勢いよく、タンクの蓋を閉める。
男、腑に落ちないまま、車を走らせる。やがて地平線の向こう側へ消えていく。これまでの車が皆、そうだったように…。女はそれを見送っている。これまでずっと、そうしてきたように…。