- ―女のモノローグより始まる-
- 女
- 大学時代から付き合っていた彼氏と、この夏別れた。二人で旅行にでもいこうと九月の終わりにかためてとった有給休暇がプラリと浮んでいる。どちらのせいなのか、何がいけなかったのか、お互い少し甘えていたのか、よそう。ひとつの時代が終ったんだ。26才。まだまだ色々あるではないか。旅行にでもいこう。冷たいキレイな肺がチクチクするような空気を吸って、久しぶりに走ったりとかしてみよう。青い小さい名前も知らない花をつまんで、ボーっと一日過ごしてやろう。あの人とのことは全部思い出にするんだ。何も考えないんだ。思い出はキレイだから、きっと私も元気になれる。
そうだ。ヒマラヤに行こう。
- -飛行機の離陸音-
-そして舞台はネパールに移る。日本語の上手なガイドさんと女の会話。女はあおぎみる8千メートル級の山々の偉観におされ言葉を失している。
- 女
- …す、すごい…。
- ガイド
- ハイ。スゴイデス。スコブルスゴイデス。
- 女
- こんな近くで見れるなんて思ってませんでした。
- ガイド
- ハイ。オモワヌシアワセデス。
- 女
- エベレストはどの山ですか?
- ガイド
- アー。エベレストハココニハアリマセン。ココハアンナプルナ。エベレストハクーンプトイウトコロ。チョット、高山病シンパイ。
- 女
- すごい山がいっぱいあるんですね。
- ガイド
- ハイ。ヒマラヤハ神ノスム山デスカラ。ハハハハッ。
- 女
- 来てよかった。
- ガイド
- ハイ。
- 女
- 何か、言葉がでません。
- ガイド
- ハイ。
- 女
- スゴイ。スゴイ…。
- -再び女のモノローグ
- 女
- ホントに言葉がありませんでした。目の前の山々はあまりに偉大で、私はあまりにちっぽけで、ちっぽけなクセに色々なやんで考えて。ずっとこうしていたい。一時間でも二時間でも、いや、もうずっと!もう日本になんか…。
- -女の沈黙を破ってガイドが話しかける。
- ガイド
- サッチーサンハドウナリマシタ?
- 女
- サッチー?
- ガイド
- ハイ。野村サチヨサンデス。
- 女
- あー。
- ガイド
- 私ハ二年前マデ日本ニイマシタ。チョウドサッチーサン対ミッチーサンノ頃デス。
- 女
- あぁ。何か下火になってますけど。
- ガイド
- シタビ?
- 女
- あんまり話題になってません。
- ガイド
- ヘー。ソウデスカ。
- 女
- はい。
- ガイド
- デモ日本ハイイ国デスネ。
- 女
- そうですか?
- ガイド
- ハイ。日本ノ歌ハスバラシイ。
- 女
- へー。
- ガイド
- 五輪真弓サント財津和夫サンガ好キデス。日本ニイタ頃ヨク聞キマシタ。
- 女
- ヘー。珍しいですね。
- ガイド
- ゴ存知デスカ?
- 女
- あんまり。
- -ガイドは唄う。
- ガイド
- ♪ワガママハ 男ノ罪 ウ~ウ~
ソレオ許サナイノハ女ノ罪
- 女
- あー、何か知ってます。
- ガイド
- ハイ。ワガママハ男ノ罪デス。デモソレオ許サナイノハ女ノ罪デス。
- 女
- ……
- -ガイドは再び唄う。
- ガイド
- ♪ワガママハ 男ノ罪 ウ~ウ~
ソレオ許サナイノハ女ノ罪
- 女
- 静かにして下さい!
- ガイド
- ハイ。怒ラレマシタ。
- -もう一度女のモノローグ
- 女
- 私は気持をおちつけて、もう一度山々をみた。けれどもう耳から離れることはなかった。ワガママは男の罪。それを許さないのは女の…。あぁ、何がいけなかったのだろう。
- おしまい