- その大通り沿いに、古びた看板をかかげて、今にも壊れそうな椅子を、
ギーコラ ギーコラ 船をこぐように 暇つぶしている
娘の口からはなめらかに、いらっしゃいの言葉が流れ出る
- 娘
- いらっしゃーい。お荷物お預かり致します。駅前のコインロッカーなんて他人がどかどか通る往来ど真ん中のひやっとした冷たいところなんかに預けないで、やっぱ人情よ。最近じゃあれでしょう?何日か経ったら出しちゃうんでしょ?うちはね、預かった以上は何日でも、何ヶ月でも、何年でも。いらっしゃーい。やあだ、合鍵で覗く?そんなプライバスィーの侵害なんてしやしませんって、ばーかね。昭和じゃないのよ、もう。いんたあねっとの時代だって。おとうちゃーん、こんなもん残してくれなくても良かったのに。やっぱ、売りに出すか?
- バタン、バタン、バタンといくつかのコインロッカーを明けては閉め
- 娘
- 全席空席でございます。・・・もう流行らないよ。コインロッカーベイビーが流行った時は、繁盛したって言ってたっけ?全部のロッカーがベイビーで埋まってたって。お水のおねえちゃんが朝方に子供迎えに来たって。
- バタン、バタン、とまた明けては閉め、明けては閉める
- 娘
- ・・・ごめん。売りに出すよ、あたし・・・
- バタン、大きな音を立ててロッカーを閉めた
その時
- 娘
- そう、思ってた。青白いあの顔がひょっこり見えるまでは。
- 男
- すみません。
- 娘
- ひょろっと細長い手足の男。
- 娘
- 栄養不足みたいにか細い声で。
- 男
- 開いてますよね?
- 娘
- そのくせ、やたらとしっかりした目つきをして、こう言った。
- 男
- お荷物、預かってください。
- キィっとロッカーの開く音
- 娘
- レギュラーサイズのロッカーをひとつ開けてやると、
- 男
- ああ、そうじゃなくて。
- 娘
- 一番大きなロッカーを指さした。
- 男
- これ、入るかなぁ・・・?
- 娘
- その男は、荷物なんてひとっつも持ってやしないのに。
- 男
- ああ、料金は・・・これは大きいから、
- 娘
- と、500円玉私に渡して、男はそのロッカーにすっぱり入った。
- 男
- 扉閉めて、鍵、かけてください。それからその鍵預かっていてほしいんです。明日でしょうか、明後日でしょうか、三日後かもしれません。
もしかしたら一ヵ月後かもしれません。女の人が一人、必ずその鍵を受け取りにくるんです。それまで預かっていてください。何ですか?
早く閉めて鍵かけちゃってください。嫌ですね。看板に書いてあるじゃないですか? 駅前のロッカーじゃあ、鍵かけてくれる人もいないし、日にちがたったら強制的に出されるから。よかった、こんな所があって。
- 娘
- ひょろっとした男は、あたしに感謝してるようで・・・
- 男
- すみません。よろしくお願いします。
- 娘
- あたし、一体何をお預かりすることになるんでしょうか?と聞くと、
- 男
- どうやら、僕は彼女のお荷物らしいんです。
- キィ、バタン
ガチャリと鍵のかかる重たい音
コインロッカー特有の、チャリンとコインの落ちる音
- 娘
- 次の日になっても、一週間たっても、一ヶ月たっても、女の人なんて一人も来やしなかった。
- ギーコラ、ギーコラ、また今日も変らず椅子で船をこぐ
- 娘
- いらっしゃーい。お荷物お預かり致します。
- ギーコラ、ギーコラ船をこぐ
そっと椅子から立ちあがると、その大きなロッカーの扉をノックした。
- 娘
- 今日も来なかったよ。・・・また、この店売りに出すのが一日延びた。この鍵受け取りにくるまでね。売るに売れないわ。
お水のおねえちゃんも仕事終わりでベイビー迎えに来たらしいから。
- 娘、大通りに向かってまた声をかけた
- 娘
- いらっしゃーい。預かった以上は何日でも、何ヶ月でも、何年でも。
- 娘はまた船をこぐ
ギーコラ、ギーコラ
- おしまい