- あっちの角、こっちの角をきょろきょろしながらふらふらする楯子
そんな楯子の後を、おずおずとついてまわるシラケ
- 梔 子
- はーい。
- シラケ
- はい、あなた。
- 梔 子
- 道に迷いました。
- シラケ
- だからさっきからそう言ってるでしょう。
- 梔 子
- だからさっきから聞いてるじゃない。やだわ、あんた何聞いてたわけ。いい?いい?大切なことはね、二度は聞かないものよ。で、どの角曲がればいいかしら?
- シラケ
- それが分かればこんなにぐるぐるしないでしょ。道知ってるの僕じゃないんですから。
- 梔 子
- あてずっぽゲーム。その角。
- シラケ
- そこはさっき曲がりました。焼き鳥ケンちゃんがあるだけです。
- 梔 子
- あ、そう?うそ!
- シラケ
- むこうの角も曲がりました。コインランドリーがあるだけ。そっちですか?商店街の中ですか?
- 梔 子
- パッパ、パッパ言わないでよ。頭パッパ、パッパになっちゃうじゃない。
- シラケ
- もういいですよ。その、何ですか?おいしいお酒があるとこですか?連れて行ってくれるのはうれしいですけど、もう時間遅いし、いいですよ。
- 梔 子
- ・・・やだわ・・・あら?やだわ、ちょっと、ねぇ。
- シラケ
- はい?
- 梔 子
- 酔ってるじゃない、私。
- シラケ
- はい。
- 梔 子
- はい、じゃないのよ。あんたよく考えて。酔ってるのよ?自覚症状あるだけマシだけど。
冷静に考えてよ。酔ってる人間に道聞いて分かるわけないでしょう?
- シラケ
- 連れて行くって言ったから。
- 梔 子
- そうよ。行ったことあるんだから。前にね。
- シラケ
- じゃ、覚えてるでしょう?
- 梔 子
- その時もなんせ酔ってたから。よく辿りつけたと思うわ。うん。我ながらね。
- シラケ
- もういいですって。僕ね、明日の朝早いですから。
- 梔 子
- だからこそ今日は飲むの。
- シラケ
- もう十分飲んでるじゃないですか。
- 梔 子
- 違うのねぇ。もうちょっとね、おいしいのをね、飲ませてあげたいわけよ。
- シラケ
- 気持ちだけでいいですから。
- 梔 子
- だって向こうで飲んだりできないでしょう?
- シラケ
- だと思いますけど。
- 梔 子
- 流れ弾とか飛んでくるんじゃないの?
- シラケ
- あるかもしれませんね。
- 梔 子
- 地雷とか。
- シラケ
- あるでしょうね。
- 梔 子
- なんでまたそんなところに行きたいとか思うかな。
- シラケ
- なんででしょうね。
- 梔 子
- また一緒に海の写真撮る仕事しようよ。
- シラケ
- いいですよね。海。
- 梔 子
- でしょ?
- シラケ
- でも、人、撮りたくなったんで。
- 梔 子
- 国内でいいじゃない。なんでまた海の向こうに行くわけ?
- シラケ
- なんででしょうね。
- 梔 子
- 呼ばれた?
- シラケ
- 呼ばれたんでしょうね。
- 梔 子
- ・・・あー・・・風、気持ちいい・・・
- シラケ
- ワンカップ。
- 梔 子
- あー・・・?
- シラケ
- 買ってきますよ。
- 梔 子
- おー・・・
- シラケは近くの自販機へと走る
- 梔 子
- 呼ばれた・・・ねぇ・・・
- 風は楯子の頬を撫でる
- 梔 子
- あたしも呼んだんだけどなぁ。聞こえなかったか・・・
- シラケ
- いいもんありましたよ。
- 向こうから大声で、シラケが声かけた
- 梔 子
- いいもん?
- シラケ
- ワンカップをね、こう・・・
- と、中身を全部捨てた
- 梔 子
- ああ!ちょっと!何捨ててるの?もったいないじゃないよ。
- シラケ
- いいんです。
- 梔 子
- あ?
- シラケ
- お酒のかわりに。
- 梔 子
- 六甲のおいしい水?
- シラケ
- ほんとはね、ちゃんと盃にお酒じゃなくてお水入れて飲むんです。
- 梔 子
- なんでよ。
- シラケ
- 別れの酒は、こうするんだって。
- 梔 子
- 別れの酒でも、中身は酒でしょ?当たり前じゃないよ。
- シラケ
- 二度と会うことがないときの別れの酒はね、盃の中は、水なんだって。
- 静かに、ワンカップに注がれる水
ふたつとも注がれると、ワンカップの安物のガラスがカチンとぶつかりあう音
- 梔 子
- それっくらいの、心意気でってことだ。
- シラケ
- それっくらいの。
- 梔 子
- そっか。
- シラケ
- そうなんです。
- 梔 子
- いってらっしゃい。
- シラケ
- はい。
- 梔 子
- さよなら。
- シラケ
- さよなら。
- きっと、この乾杯は忘れないだろう
- おわり