- 土屋
- それは、僕はまだ僕が神様を信じていなかったころのこと。僕は空に昇る声を聞いた。
- 土屋の頭の中で、時間がさかのぼる
チーンと、仏具を鳴らす土屋
- 土屋
- それでは皆様、最後のお別れを。
- さめざめと泣いている人々
チーンともう一度大きく鳴らす
- 土屋
- 出棺でーす。
- ガコン ガコン ガコン ギギギギギ ザザー ザザー
シャベルがコンクリを運ぶ
ガラガラと崩れる建物
外装が崩れてむき出しの骨組みが見えてくる
チーン、と仏具を鳴らす土屋
- 土屋
- なむ。
- 崩れていく建物に静かに合唱をする
ガヤガヤと大勢の人の声
- 土屋
- 皆様、解体作業に入りましたのでお下がりください。危ないので黄色の立ち入り禁止のテープより向こう側には行かないように。
- ガヤガヤと大勢の人の声
- 土屋
- お疲れ様でした。お疲れ様です。どうぞ心落としのないように。きちんと供養してあげれば必ず報われますから。輪廻転生、未来永劫。なーむー。
- ダーン ダダ ダーン ダダ ダダダダダーン
と、お葬式の曲の着メロがなる
- 土屋
- はい、もしもし。いつもありがとうございます。メモリアルパークの土屋です。はい、はいはい。・・・そうですかお嬢さんの、ええ、お気に入りのぬいぐるみのウサコちゃんのお葬式・・・ご愁傷様です。ええ、どうぞお任せください。人からモノから建物から、思い出の品でもなんでも手厚く供養しますから。ええ、マルチ葬儀屋ですから。はい、それでは明日の夕方頃ですね。分かりました。失礼します。
- ピ と携帯を切ると
- 土屋
- ウサコちゃんね・・・ぬいぐるみの料金が6万円と。ぼろいね。ぬいぐるみにお葬式出してどうなるわけでもないのに。心の持ちよう、てか?バカかー、てか。ん?
- 土屋、ふと振り返ると声ナシ女が立っている
- 土屋
- うわ!びっくりした。
- 声ナシ
- ・・・。
- 土屋
- あははは・・・あの、もうこのビルのお葬式は終了いたしましたので。どうぞホテルのほうでお食事を・・・ん?
- 声ナシ
- ・・・。
- 土屋
- ねえ、供養は大事ですよ。あー・・・聞こえてました?ん?
- 声ナシ
- ・・・。
- 土屋
- あの・・・ん?
- 声なし女は黙って土屋の仏具を奪い取る
- 土屋
- あ・・・!それ商売道具ですから。ちょっと・・・。
- チーンと鳴り響いた
- 土屋
- あのね、あなたね、返してもらえません?
- チン、チンと二回鳴る
- 土屋
- ビルのお葬式の出席者の方?
- チン、チンと二回鳴る
何も言わない声ナシ女
- 土屋
- 違うの?
- チーンと一回鳴り響いた
- 土屋
- ん?
- 土屋、何かに気がついた
- 土屋
- この、ビルの、お葬式の、出席者じゃないんだ。
- チーンと一回鳴り響く
- 土屋
- しゃべれないの?しゃべりたくないの?
- 声ナシ
- ・・・。
- 土屋
- ん?・・・ああ、そうか。えーと・・・しゃべれないの?
- チーンと一回
- 土屋
- やっぱり、一回がはいね。二回がいいえ、だね?
- チーンと一回
- 土屋
- あ、そう・・・ご愁傷さまです。いや、ふざけてないよ。職業柄、ね?
- ガコン ギギギ と解体作業は続いている
- 土屋
- えーとね、何か用かな?
- チーンと一回
- 土屋
- 用って言われても、ねえ・・・道、聞くとか?お茶、とか?ん?
- チンチンと激しく二回
- 土屋
- 違う。やっぱり。あ、そう。じゃあ・・・分からないや。ごめんね。それでは最後のお別れを・・・あ、いや、ごめんね。職業柄・・。
- チーンと一回大きく大きく
- 土屋
- え?どこで?今どこで「はい」の返事をしたわけ?
- ガコン ギギギ と解体作業は続いている
- 土屋
- あ・・・もしかして「職業柄」のところ?お葬式ってこと?それが用?
- チーンと一回大きく鳴り響く
- 土屋
- お任せください。うちはなんでも供養しますから。どんな物でも。あ、今これ仕事の顔ね。で、何を?人?
- 声ナシ女、チンチンと二回
- 土屋
- ぬいぐるみ?
- 声ナシ女、チンチンと二回
- 土屋
- だね。りっぱな大人だしね。じゃあ、品物?洋服とか、たんすとか、テーブルとか、椅子とか、ベッドとか、もう使わないレコード盤とか、白黒テレビとか?
- 声ナシ女、チンチンと二回
- 土屋
- ん?その、供養したいもの今持ってる?
- チーンと一回
- 土屋
- じゃ、出して。
- 声ナシ
- ・・・。
- 土屋
- 早く。出してもらわなきゃ供養できないよ。
- 声ナシ
- ・・・。
- 土屋
- ないの?
- チーンと一回
- 土屋
- ん?もう失くしてしまったものを供養したいってわけ?
- チーンと一回
- 土屋
- 失くしたもの、ねぇ・・・。
- 声ナシ
- ・・・。
- 土屋、声ナシ女を眺めた
ガガガガガ と、ずっと続いている解体作業の音
- 土屋
- あ・・・。
- 土屋、また気がついた
- 土屋
- ・・・声・・・?
- チーン 悲しく鳴った
- 土屋
- ・・・初めてだな・・・いや、できる。できます。やります。じゃあ、明後日のお昼に・・・。
- チンチンと二回
- 土屋
- ん?駄目?つまってるからねぇ。今ここでやっちゃおうか?なんてウソ。ちゃんと祭壇組みますからね・・・。
- チーンと一回
- 土屋
- 今?
- チーンと一回
- 土屋
- ここで。簡易葬儀になるけど。あ、そのかわり一万円ポッキリ。ご利用しやすい値段設定です。坊主は代わりに僕がすることになってますから。はい、それでは黙祷です。って、ねぇ、あなたずっと黙祷してるようなもんだけど。失礼。念じてくださいね。成仏してください。成仏してください。心で唱えてくださいね。なーむー・・・思い出しながら、懐かしみながら、今までありがとうと思いながら・・・それでは最後のお別れを・・・。
- チーン、チーンと声ナシ女はゆっくりと鳴らす
解体作業の音と混じって音楽のよう
土屋は合掌しながら、ふと耳を澄ます
仏具の音に混じって、解体作業の音に混じって、何か聞こえてくるのだ
- 土屋
- ん?
- 土屋はもう一度耳を澄ます
- 土屋
- その音にまじって、かすかにかすかに、聞こえてきた。それは誰の声だったんだろう。それはきっともう、ここにはない声。失ったはずの声。チーン、チーンと響いて鳴る音。ガガガガ、造られた物が壊れていく音。その向こうに、かすかに鈴が転がるような、きれいな、當銘イナ声。ハミングをするような、鼻歌を歌うような・・・声・・・空に吸い込まれた。
- 土屋
- あ・・・、空に昇ってる・・・ほら、煙。火葬したわけじゃないのに。え?なんで?どして?
- チンチンと優しく二回なる
- 土屋
- ああ、そっか。あれ、解体作業のコンクリの砂煙か・・・でも・・・聞こえた?さっき聞こえたよね?
- チーンと、また優しくなった
- 土屋
- やっぱり、最後は空に還るんだ・・・。
- 土屋と声ナシ女は空を見た
同じように空を見上げて、
- 土屋
- それは、僕はまだ僕が神様を信じていなかったころのこと。僕は空に昇る声を聞いた。
- 魂は、やっぱり空に還っていく
- おわり