- アパートの部屋
安いドライヤーの音
遠くでドアが開く音
- 女
- (遠い声)ただいまー。
- 男
- おー。
- ドライヤーの音 止まる
- 女
- (ドアを閉めて)はあー。
- 男
- ちょっとさあ、これ手伝ってくんない?
- 女
- またー?
- 男
- どうもうまく立たなくてさあ。
- 女 男のところ(鏡台)まで来る
- 女
- (笑って)ホントだ。右に歪んでる。
- 男
- とりあえずお前さあ、手でこうやって、まっすぐ狭んどいて。
- 女
- ・・・・・こう?
- 男
- うん。キープしといて、そのまま。
- 女
- ・・・・・・モヒカンも大変だねー。
- ドライヤーの「ブワーン」という音、何回か。
- 男
- 離して。
- 女
- ・・・・・・いいじゃん。
- 男
- ・・・・・・いや、まだ微妙に、傾いてない?
- 女
- 嘘。
- 男
- こう・・・・・・ほら。
- 女
- ・・・・あー。
- 男
- ちょっと、もうちょいムースつけるわ。
- 女
- 寝癖かなあ。
- ヘアムースを出す「シュー」という音
ムースをペタペタつける音
- 女
- ・・・・・・今日のライブ何時から?
- 男
- 俺らの出番は、8時ごろかな。
- 女
- 8時か・・・・・・。
- 男
- お前、来れんの?
- 女
- 何で?
- 男
- 夜勤明けだろ。
- 女
- ああ、大丈夫。昨日も結構寝たし。・・・・・・またこれ狭めばいいの?
- 男
- うん。真っ直ぐな。
- 女
- うわ、べったべた。
- 男
- いい?
- ドライヤーの音
- 男
- ・・・・・・(止めて)これちょっと風弱いな。
- 女
- もうちょといいの買わなきゃねー。
- ドライヤーの音 さらに何回か
- 女
- ・・・・・・どう?
- 男
- ・・・・・・これやっぱ1回洗うわ。
- 女
- なんで。出来てんじゃん。
- 男
- いやだから、今は出来てても、時間経つとこう、だんだんまた傾いてくるから。
- 女
- ああ・・・・・・・・。
- 男
- ちょっと、濡らしてくる。
- 男がイスから立ちあがる音
- 女
- 逆からドライヤー当ててみれば?
- 男
- (遠くから)いやもう、それすると収集がつかなくなるから。
- 女
- ああ・・・・・・。
- 男
- (遠くから)ドライヤーはもう、上へ上へってのが基本だから。
- 遠くで水道の音
- 女
- ・・・・・・竹内君、どうなったの?
- 男
- (遠くで洗いながら)駄目。
- 女
- そっか・・・・・・。
- 水道の音止まる
(遠くで)今日がだから、あいつのラストステージ。
- 女
- 新しい人、見つかりそう?
- 男
- (近付いてきて)ドラムなー、いいのいないからなー。
- 男イスに座る音
- 女
- 私やってもいいよ。
- 男
- お前だって、音痴だろうが。
- 女
- 関係ないじゃん。ドラムなんだから。
- 男
- いいからムース貸せよ。
- ムースを出すが途中でブシュッという音
- 男
- あれ?
- ブシュッという音
- 女
- 出ないの?
- ムースを振り出すもプシュッという音
- 男
- やべえ、なくなっちゃった。ちょっとごめん、買ってきて。
- 女
- 私?
- 男
- 俺だって、こんな頭でいけないだろ。
- 女
- っていうか、お金、ないよ?
- 男
- は?
- 女
- だって、あさって給料日だもん。
- 男
- ないの?
- 女
- うん。
- 男
- え、何じゃあ、一銭も?
- 女
- いや、一銭もってことないけど、いまムースとか買ったら、ちょっとキツイ・・・・・・。
- 男
- マジで?
- 女
- うん。
- 男
- ・・・・・・やっべー。そっか、俺バイトクビになったから・・・・・・。
- 女
- いいじゃん。今ほら、こんだけ手にあるんだからさあ、これで何とか、
- 男
- いや、無理だろこんだけじゃ。
- 女
- 大丈夫だって。ほら、付けてみて
- ムースをつける音
- 男
- ・・・・・いや、明らかにこれムース少ないだろ。
- 女
- これを、こうやって、なじませて・・・・・・。
- 男
- もうほら、明らかに後頭部のとことか足りてないし・・・・・・。
- 女
- で、何だっけ。ドライヤー。
- 男
- いやだから、ちょっと待てよお前。
- 女
- しょうがないでしょ。何とかモヒカン立たせないと。ステージ立てないよ?ほら。
- ドライヤーの音
- 男
- だから立たねえって。風弱いし。ちょっとやめろよ。
- 女
- ほら、だんだん出来てきた。
- 男
- 出来てねえよ。
- 女
- なんでよ、ほら、立ってるじゃん。モヒカン。
- 男
- だから立たねえよ!
- ドライヤーの止む音
- 女
- ・・・・・・どうしたの?
- 男
- ・・・・・・立たねえよ。・・・・・・もういい。行かねえ。
- 女
- は?
- 男
- 今日、休むわ。
- 女
- (驚いて)休むって、モヒカン立たないから?
- 男
- モヒカン立たねえし・・・・・・他の色んなもんも、立たねえし。
- 女
- ・・・・・・何よ、それ。
- 男
- っていうかさあ、・・・・・・俺やめるわ。ノーフューチャズ。・・・・・・っていうか音楽。・・・・・・ずっと考えてたんだけど。・・・・・・ちょっとあの。ダサすぎるわこれじゃ。・・・・・・俺だからもう、働く。竹内みたいに。決めた。・・・・・・どうこれ。
- 女
- モヒカンは?
- 男
- え?
- 女
- 寝かせるんだ。
- 男
- いや、まあ・・・・・・。
- 女
- ダッサイ。ダサすぎ。何それ。モヒカン寝かせて、それで食べて行くんだ。ダッサイ。びっくりダサい。
- 男
- っていうか、今のこのモヒカンの方がダサくない?
- 女
- ううん、ダサくない。モヒカン寝かせてる方がよっぽどダサい。っていうかもうそれ、モヒカンじゃなくて、なんか変な髪形。・・・・・・馬鹿にしないでよ。私は、モヒカンを立ててるあんたに惚れたんだよ。
- 男
- ・・・・・・端穂・・・・・・。
- 女
- ・・・・・・立てようよ。いいじゃん。他の物が色々立たなくても、モヒカン、立てて行こうよ。
- 男
- ・・・・・・モヒカン、風受けるぞー。
- 女
- いいよ。受けても、倒れたら、また立てて。立てられるじゃん、2人なら。・・・・・・(思いついて)ピーナッツバター。
- 男
- ピーナッツバター?
- 女
- (取りに行って)ほら、毎朝あたし達が食べてる、これ。
- 男
- それで立てるのかよ!
- 女
- うん。ほら、見た目もポマードみたいだし。
- 男
- いや、これ、溶けるだろ。
- 女
- いいから。
- ピーナッツバターをつける音
- 女
- ダサくても、モヒカン、立てなきゃ。・・・・・・どう?
- 男
- ・・・・・・(意外と良くて)おお。
- 女
- 押さえてて。
- ドライヤーの音
- 女
- ・・・・・・下から、上に。
- ドライヤーの音がギターの轟音に変わっていく 曲が終わり客席の歓声
- 男
- (マイクで)どうもこんにちは。ノー、フューチャーズでーす!
- 女
- 歓声に女の声も混じっている
- 男
- (まくしたてる)今日はドラム・ヒロキのラストステージということで、張り切っていきましょう!2曲目。就職なんかしてんじゃねえよヒロキ!カモン!
- 歓声と4カウント
轟音のパンク
- 了