- ラジオのチューイング
きゅいーん きゅるきゅるきゅる・・・・電波の乱れる音 耳の痛い雑音 ときどき断片的に聞こえてくる音や言葉の数々・・突然だったり とぎれとぎれだったり 雑音の中に紛れていたり・・・やがてチャンネルが合う。ひとつづきの言葉が浮き上がってくる ときおり雑音にけされそうになりながらでもはっきりと意味を持つ言葉として・・・・。聞こえてくるのは音楽と低い笑えるくらい芝居がかったノリのいいDJの声 いまいちあか抜けない古くさい台詞・・・、
- 男
- あなたは今、どこにいますか?何をしていますか?誰と一緒ですか?そこからは、なにが見えますか?何が聞こえますか?
- 電話のベルの鳴る音 いっせいに・・・・・
- 男
- こんばんは。「ミッドナイトコール」の時間です。今日もたくさんのお電話がかかってきています。ラジオの前のみなさん、どうもありがとう。さて、今日のお客様は・・・。
- 男
- ・・・おっと。つながりましたね。こんばんは。真夜中のこちら側へようこそ。今夜のゲストはあなたです。
- 女
- ・・・・・。
- 男
- もしもし。
- 女
- はい。
- 男
- ええっと、お名前を聞いちゃってもいいかな?
- 女
- やまぐちまさみ。16才。高校2年。神戸市東灘区。クラブは天文部。お父さんは単身赴任中。好きな食べ物はいちごとヨーグルト。
- 男
- ・・・(軽快に笑う)どうもありがとう。まさみちゃんは、今、ひとり?
- 女
- はい。
- 男
- こんな時間まで。・・・・勉強かな?
- 女
- 明日から期末テストだから・・。
- 男
- えらい!じゃあちょっと息抜きに僕とおしゃべりしてくれるかな。
- 女
- はい。
- 男
- ありがとう。さて。それではまさみちゃん。あなたの質問は?
- 女
- どこですか?
- 男
- え?
- 女
- 今、どこにいるんですか?何してるんですか?誰と一緒ですか?そこからは、なにが見えますか?今、何が聞こえますか?
- 男
- ・・・・・。
- 女
- そこは・・・。
- 男
- ははははは・・・。(笑)
- 女
- ・・・・。
- 男
- いやいやいや。のっけから「ミッドナイトコール」の決め台詞で攻められてしまいました。
- 女
- ・・。
- 男
- 参りました。いつも聞いてくれるんだ。最初から・・。
- 女
- ええ。いつも。
- 男
- ありがとう。嬉しいね~。さて。今・・・。
- 女
- 私が聞いてるんです。あなたは誰?いつも誰と話してるの?
- 男
- (笑って)リスナーのみなさんと、真夜中の会話を楽しんでます。今夜はあなたと・・・。
- 女
- 嘘よ。
- 男
- え?
- 女
- やまぐちまさみ。16才。高校2年。神戸市東灘区。クラブは天文部。お父さんは単身赴任中。好きな食べ物はいちごとヨーグルト。・・・・嘘よ。ぜんぶ。
- 男
- ・・・・。
- 女
- 昨日、電話してたのもわたし。
- 男
- ・・・・。
- 女
- おととい、電話したのもわたし。
- 男
- ・・・・。
- 女
- その前も。その前も・・・。
- 男
- ・・。
- 女
- ・・・って言ったら、どうする?
- 男
- ・・・。
- 女
- ね。そこからは何も見えないでしょう?何も、わからないでしょう?
- 男
- そう?
- 女
- こっちも。真っ暗で、何も見えない。誰もいない。どこにいるのかわからない。何も聞こえない。だから私は想像するの。
- 男
- 想像?
- 女
- 私のしらないところに、いろんな放送局がある。そこではいろんな楽しい番組や音楽が放送されてて、私はその中のひとつを選んでチャンネルをあわせる。
- 男
- いいね。
- 女
- 番組にはリスナーが電話して話しをすることのできるコーナーがあるの。
- 男
- ますますいいね。
- 女
- 自分で自分のことちょっとかっこいいと思ってる調子のいいディスクジョッキーがいて、マイクに向かって夜通し話したりはがきを読んだり音楽をかけたりする・・・の。
- 男
- う~ん、まあ・・いいね。
- 女
- そのDJは、どの電話やはがきにも、自分のことのように親身になって話を聞いてる・・・・・みたいに話すの。
- 男
- うん。
- 女
- 私もそこへ電話をかけるの。
- 男
- こんな風にね。
- 女 しばらく黙っている
- 女
- そんなことを想像するの。今もしてるの。
- 男
- うん。
- 女
- だから。あなたの番組に他の誰かが電話することなんて、あり得ないのよ。
- しばらく黙っている
- 男
- 君が、毎日電話してくれるんだ。
- 女
- ・・・。
- 男
- きのうも、おとといも、その前も、その前も、番組には電話がかかってきて、僕は楽しくおしゃべりをした。
- 女
- ・・・。
- 男
- もうずうっと前から僕はここにいて、この番組を続けてる。
- 女
- 毎日たくさん、電話がかかってくるってほんとに思ってる?
- 男
- 思ってるよ。
- 女
- だから・・。
- 男
- たくさんの電話、たくさんのはがき。でも僕が話すのは一晩にひとりだけ。
- 女
- ・・・・。
- 男
- これはそういう番組だから。
- 女
- でも、あなたは・・・。
- 男
- おっと残念。タイムアウト!今日のおしゃべりはここまで。今夜はありがとう。またあした、みんなからの電話まってるよ~!
- 電話の切れる音・・
男 一通りのハガキをとりあげ、読み始める
- 男
- え~。では今夜のメッセージを・・。
住所不明、匿名希望さんより。こんばんは。ずっと聞いています。ずっとです。部屋を真っ暗にして、頭からふとんをかぶって、こっそり持ち込んだ小さなラジオで聞いた、あの夜から。たくさんのチャンネルがあって、たくさんのたくさんの言葉が溢れるようにきこえてきました。誰が誰に宛てて送っているものなのかわかりませんでした。盗み聞きしているような気もしたし、僕だけに宛てた私信のような気もしました。自分で自分のことをちょっとかっこいいと思っている調子のいいディスクジョッキーがいて、夜通し話したりはがきを読んだり音楽をかけたりする番組があって。聞いているうちに、いつの間にかねむってしまいました。その晩、夢を見ました。今でも、よくその夢を見ます。目の前にはマイクが1本だけ置かれていて、他には何もなくて、他には誰もいなくて、僕はマイクに向かって話し続けています。ちょっとかっこいい、ノリのいい声で。僕は一晩中話し続けます。
あなたは今、どこにいますか?何をしていますか?
誰と一緒ですか?
そこからは、何が見えますか?
何が聞こえますか?
- 電話のベルの音 無数に・・・
雑音が交じる・・・
- 男
- ・・・おっと。つながりましたね。こんばんは。真夜中のこちら側へようこそ。今夜のゲストはあなたです・・・・・。**************・・・・・。
- 言葉も音も やがて雑音の中に消えていく
- 了