- 朝のテレビのワイドショーが流れている
- わたし
- (歯を磨きながら)え?俺に喋ってんの?
- アナタ
- (テレビの音の向こうから)当たり前じゃん、他に誰がいんのよ。
- わたし
- (磨きながら)いや、だってこっち向いてくれないとさ、分かんないでしょ(うがいする)。
- アナタ
- 二人しかいないのに。
- わたし
- (うがいし終わって)独り言かなって。
- アナタ
- 言わないよそんな、気持ち悪い。
- 男 部屋に戻り座って化粧している女の後ろに立つ
- わたし
- ええっ?言ってるじゃない、いつも。
- アナタ
- 嘘。
- 女は振り返らず鏡ごしのままで話す
- わたし
- (鏡を覗き込んで)言う言う。化粧しながら、なんか。
- アナタ
- えー、なんて?
- わたし
- (高い声で)鏡よ鏡よ鏡さん・・。
- アナタ
- 言わない。
- わたし
- (高い声で)高木よ高木よ高木さん。
- アナタ
- 誰よそれ。
- わたし
- (低い声で)E△TΨΦΓΗΗζΧ・・。
- アナタ
- やだ、気持ち悪い。
- わたし
- 言うんだって、とにかく。
- アナタ
- 嘘ばっか。
- わたし
- ・・。
- アナタ
- (照れて)・・ちょっと、もう、そんな見ないでよ。
- わたし
- ・・。
- アナタ
- (甘えて)恥かしいじゃない、もう、なによお。
- わたし
- 眉毛は・・どこ?
- アナタ
- うるさいわね!今から描くの!
- わたし
- あー、そっか。びっくりした。
- 男は鏡から離れテレビの前に座る。
- アナタ
- 悪かったわね眉毛なくて!(と眉毛を描く)。
- わたし
- (テレビのチャンネルを変えながら)冗談冗談、怒んなってば・・にしても女の子ってよくやるよなあ、毎日毎日、飽きもせず・・。
- アナタ
- (眉毛を描きながら)別に好きでやってるんじゃないから。
- わたし
- (チャンネルを変えながら)なら、やらなきゃいいじゃん。
- アナタ
- (描きながら)そういう訳にもいかないでしょ。
- わたし
- (変えながら)そんな事ないでしょ。
- アナタ
- (描きながら)すっぴんで会社に行ったら、みんなが誰だか分かんないよ。
- わたし
- (結局、元の番組に戻し)そんな事は・・あるか。
- アナタ
- (描き終わって)否定してよ。
- わたし
- ・・ごめん。
- アナタ
- 謝んないでよ、気ぃ悪いなあ。
- 沈黙 ワイドショーが流れている
- わたし
- (以下、テレビを見ながら)でもあれだよ。
- アナタ
- (以下、化粧をしながら)どれよ。
- わたし
- 顔はね。
- アナタ
- (適当に)んん。
- わたし
- 人間てのはさ、鏡に自分の顔映す時、無意識に一番よく見える角度とか?表情とか作っちゃうらしいからさ。
- アナタ
- (投げやりに)ああそう。
- わたし
- そうなの。自分が見てる顔と人が見てる顔は違うっていう。
- アナタ
- (段々と苛立ってくる)・・だから?
- わたし
- つまりさ、今そこに映ってる顔から何パーか常に引いとく謙虚さが必要で・・あ、口紅ずれたよ。
- アナタ
- もうっ時間ないのに!
- わたし
- 大丈夫だって。まだほら占いのコーナーやってるもん。・・水瓶座のあなた、今日は対人関係に注意、だって。
- アナタ
- ・・。
- わたし
- ラッキーナンバーは6、ラッキーカラーはビリジアン。ビリジアンって何色?
- アナタ
- ・・。
- 男はふたたび立ち上がり女の背後へ
- わたし
- なんか喋ってよ。
- アナタ
- (化粧を終え、髪を梳く)対人関係に注意、少なくともそれだけは当たってるみたい。
- わたし
- そんな怒んなよお。今日はほら、ねえ。
- アナタ
- (ブローを始める)ふん。
- わたし
- (鏡を覗き込んで)レストランだって予約してあるし。
- アナタ
- へえ。
- わたし
- 最初のデートで行ったでしょ、あそこ。
- アナタ
- うん。
- わたし
- 記念日なんだからさ、機嫌直してよ。
- アナタ
- うん。
- わたし
- つきあって5年目の、記念日。
- アナタ
- (ブローを止め)覚えてて、くれたんだ。
- 男は女の斜め後ろに座る
- わたし
- 当たり前じゃん。覚えてるよ、全部。どこ行ったか、何話したか、好きな映画、好きな音楽、本当は眉毛がない事。
- アナタ
- それは、忘れろ。
- わたし
- はい。
- アナタ
- (また、ブローを始める)じゃあ、あれは?覚えてる?えーと3回目のデート。
- わたし
- ・・ミスチルのコンサート?
- アナタ
- そうそう。
- わたし
- 必死こいてチケットとったんだけど。
- アナタ
- コンサート終わってからよくよく話してみたら。
- わたし
- 実は二人とも嫌いだったっていう。
- アナタ
- お互い、相手がファンなんだって思って我慢して。
- わたし
- ハハ。
- アナタ
- なんでそんな思っちゃったんだろう、謎だねえ。
- わたし
- いや、いたじゃない俺らのサークルの先輩に、凄えマニアが。で、その人に話合わせてたから、それで。
- アナタ
- いたっけ?そんな人
- わたし
- いたでしょ、えー?忘れちゃったの?
- アナタ
- いないよお。
- わたし
- いたってば。
- アナタ
- ・・。
- 女はブローを終えて立ち上がり鏡前から離れる 男は座ったままなんとなく鏡を見ている ワイドショーが流れている
- わたし
- まあ・・いいけど。えーと、あれ?何の話だっけ?
- アナタ
- (以下、上着など着て出勤の支度をしながら)記念日。
- わたし
- そうそう、こっち仕事終わったら電話するから。
- アナタ
- (以下、上機嫌に)フフ。
- わたし
- どうしたの。
- アナタ
- もしもし?
- わたし
- え?
- アナタ
- 電話の時、絶対もしもし?って語尾上がるよね。
- わたし
- もしもし?
- アナタ
- それそれ。
- わたし
- ・・言わないよ。
- アナタ
- 言うって。
- わたし
- もしもし?・・何、疑問に思う訳?
- アナタ
- 知らないよ、あたしじゃないもん。
- ワイドショーが流れている 女は部屋から出て行く
- わたし
- (ぼんやりと)俺が?
- アナタ
- (テレビの音の向こうから)そういうのって自分じゃ気づかないんじゃない?ご飯食べるとき、必ずお箸こすり合わせるのとか。
- わたし
- そんな事。
- アナタ
- ほら知らない。じゃあじゃあ、寝る前に部屋の電気消してもう一回つけてから消すのは?
- わたし
- ・・。
- アナタ
- 知らないことばっかりだね、フフ。
- ワイドショーが流れている 女が部屋に戻ってきた
- アナタ
- そっかー、レストランかー、奢りだよね、もちろん。
- わたし
- う、うん。
- アナタ
- ラッキー。
- わたし
- ・・。
- アナタ
- よし。と。準備OK。
- わたし
- ・・。
- アナタ
- さ、行こっか。
- わたし
- うん・・(動かない)。
- アナタ
- どうしたの?鏡なんか見ちゃって。
- 女 鏡を覗き込んでいる男の後ろに立つ
- わたし
- 自分が見てる顔と人が見てる顔・・。
- アナタ
- (鏡を覗き込んで)早く出ないと会社遅れちゃうよ。
- わたし
- 俺、こんな顔してたっけ?
- アナタ
- 大丈夫?顔色悪いよ。
- わたし
- 誰だ?これ・・。
- アナタ
- え?何聞こえない・・。
- 鏡に映る二つの顔
ワイドショーの笑い声、高まって・・またいつもの朝が始まる
- 了