- 女
- バス止まったらええのに。
- 男
- え。
- 女
- 雪。
- 男
- じきに止むやろ。
- 女
- バス止まったらええのに。
- 男
- 田舎やないねんから。
- 女
- どうしても行かんとあかん。
- 男
- どうしてもて。
- 女
- 今さら言われても。
- 男
- うん。
- 女
- 実感わかへん。
- 男
- うん。
- 女
- お兄ちゃんは何年ぶり。。
- 男
- 六つの時やから、ああ、もう三十年近くなる人か。
- 女
- 三十年。
- 男
- お互いええ年になったな。
- 女
- そんな話してるんとちがう。
- 男
- お前、まだ４つやったんやな。
- 女
- うん。
- 男
- 顔、覚えてるか。
- 女
- ぼんやり。
- 男
- へえ。
- 女
- ぼんやりや。
- 男
- うん。
- 女
- お母さんも何で今さら。
- 男
- けどな。
- 女
- わかってる。
- 男
- うん。
- 女
- 病院きらいやねん。
- 男
- うん。
- 女
- おばあちゃん死んだ時も。
- 男
- ああ。
- 女
- 病院のろうか歩くやろ。どの部屋もふだはってある。面会謝絶、面会謝絶。
- 男
- うん。
- 女
- おばあちゃんの部屋も面会謝絶。
- 男
- うん。
- 女
- 息止めて歩いた。
- 男
- うん。
- 女
- 何かいややねん。
- 男
- いやって。
- 女
- いややねん。
- 男
- 悲しい気持ちになるんか？
- 女
- うん、くやしい。
- 男
- くやしい、か。
- 女
- お父さんの事、うらんどるとかやないねん。
- 男
- ああ。
- 女
- 小さい頃の事やし、別にひどい事されたとも思ってないし。
- 男
- うん。
- 女
- ある日突然おらんようになっただけやし。
- 男
- 次の日曜には帰ってくる思てた。
- 女
- うん。
- 男
- 全然ドラマチックやなかったもんな。
- 女
- 今さら。
- 男
- うん。
- 女
- 今さらドラマチックになってる自分がいややねん。
- 男
- そやな。
- 女
- きっと悲しくなる。
- 男
- うん。
- 女
- 泣いてしまうかもしらん。
- 男
- うん。
- 女
- ちょっとやさしく笑ってしまうかもしらん。
- 男
- うん。
- 女
- お兄ちゃんは顔覚えてる？
- 男
- ぼんやりやな。
- 女
- ぼんやりか。
- 男
- こう、なんや、止まってるな。
- 女
- 止まってる。
- 男
- うん、写真みたい。
- 女
- ああ。
- 男
- ちょっと動かすとな、おじさんの顔になる。
- 女
- へえ。
- 男
- で、元に戻そうとするとぼやける。
- 女
- うちは。
- 男
- え。
- 女
- 今がんばるってこと。
- 男
- ああ。
- 女
- あかん。まゆげしかでてこうへん。
- 男
- こわかったからな。
- 女
- その下は。
- 男
- おじさんの顔か。
- 女
- お兄ちゃんの顔。
- 男
- 何か。
- 女
- いやか。
- 男
- 何やろ、いやなんかな。
- 女
- どうなん。
- 男
- わからんな。いやかもしれんけど。
- 女
- 何。
- 男
- それは何やろ、後からくっついたみたいな、くっつけたみたいな。
- 女
- うん。
- 男
- ぼんやりしてる。
- 女
- ぼんやりか。
- 男
- たぶん。
- 女
- 何。
- 男
- いや。
- 女
- うちも同じこと考えてた。たぶん。
- 男
- 何。
- 女
- 帰りのバスの中、やっぱりぼんやりしてるんやろなって、ちがう？
- 男、少し笑った。
- 女
- 雪やんでもた。
- 男
- ああ。
- 女
- つもらへんな。
- 男
- ああ、つもらへん。
- 女
- うん。