- きちんと着物を着た母がいる 僕は驚いて しばらくその場に立っていたが ようやく母から少し離れた所に座って 母を観察した 姿勢がよい まっすぐな髪が肩にかかっている 何か縫い物をしている 母のほうから話しかけてきた
- 母
- 篤ちゃん。僕はとても驚いたが とりあえず答えてみることにした
- 篤也
- え?
- 母
- 聞いてくれる?
- 篤也
- 何?
- 母
- 双子の美容師の話。
- 篤也
- 美容院にいったの?
- 母
- そう。かあさん髪を切ったのよ。(にっこり笑う)そこにね、双子の美容師さんがいたの!栗色の髪が肩のところで大きくクルンとカールして、黒のタートルのセーターに黒の厚手のマキシのスカートはいて真白のエプロンドレスを着てね。二人とも。おんなじ。ね、それだけでも楽しそうでしょ。
- 篤也
- ・・・何処にあるの?そんな美容院。
- 母
- ・・・おまえ、行くの?行かないんだろ美容院なんて。
- 篤也
- 行きはしないと思うけど。
- 母
- ほらごらん。
- 篤也
- ・・・かあさん。
- 母
- 痛っ!あー・・・またー・・・かあさん針仕事は下手くそでだめね。
- 篤也
- ・・・。
- 母
- それでね、その双子の美容師さんね、最後の最後に洗った髪を乾かす時、一人が右に行くと、も一人が左に行って両方から乾かしていくの。大きめのブラシにおんなじだけの髪をすくって右と左からぐっ、て引っ張られるんだよ。一人が前に行くと一人は後ろ。二人でリズムをとっているみたいにおんなじ調子で、すくってはぐっ、すくってはぐっ、って。かあさんの頭はいつも真ん中にあってふふふふ、きっと3㎝も動かなかったと思うよ。
- 僕はその情景を想像してみた 髪を乾かしてもらっている母 きっと すっとした姿勢のまま 力は程よく抜けていて 少し楽しそうな母 ところで母は17年前に亡くなっていた しかしここにいるのはまぎれもなく母だ 僕が知っている母より少し 若い気がするが・・・話しかけてみた
- 篤也
- ・・・かあさん、それ、さっきから何縫ってるんだい?
- 母
- ぞうきん。
- 篤也
- ぞうきん?
- 母
- この間縫ったばかりなのにと思ってるんだろ。この間のは篤ちゃん急に言うから時間がなくて上手に出来なかったのよ。先生に笑われなかった?どうせ来年もいるんだからかあさんお裁縫下手くそだから今から縫っておくのよ。
- 篤也
- ぞうきん?・・・かあさん?
- 母
- 来年はクラスで一番良く出来たぞうきん持たせてあげる。
- ということは ここにいるのは 僕が小学生の頃の母だ 何年生の頃だろう?確かめてみようと思った
- 篤也
- ・・・・・学校はもう火事になったかい?
- 母
- 真っ赤だったね。・・・篤ちゃんの部屋からよく見えた。
- 五年生の頃の母だ 懐かしい気がしてきた
- 篤也
- ああ、こんなに近いんじゃ、いつ火が飛んでくるかわからないって大事なもの鞄につめて、・・・バケツに水くんで部屋から校舎が燃えるのを見てたよね。
- 母
- おまえの鞄の中見たら、教科書は一冊も入ってなかった。
- 篤也
- ははは。・・・あれは、隣のクラスのアツシがやったんだ。日曜日に料理室忍び込んでアルコールランプや試験管やそこら辺にある薬品やなんかで遊んでて、間違って火がついて・・・みんな知ってるのに、火事の後は誰もそのことを話題にしなかった。奴が転校して・・・それでおしまい。日曜日で誰も巻き込まれなくてよかったねなんて言ってたけど日曜日だったから火がついたんだ。
- 母
- りっぱな校舎がたっちゃって。
- 篤也
- うん、・・・かあさん、あのね、
- 母
- 篤ちゃんの教室、4階。参観日、かあさん息きれちゃった。
- 篤也
- かあさん、そのぞうきん、
- 母
- 泣いてたよ。
- 篤也
- ・・・?
- 母
- アツシくん、泣きながらその路地のところを走ってきて、どうしたの?って声をかけたらまっすぐにかあさんを見て、・・・また走って行っちゃった。・・・ほら出来た!
- 篤也
- かあさん?
- 母
- さて夕飯の支度 今日はカレーライスね。玉葱きらしてる。買いに行ってくるね。
- 篤也
- ・・・玉子焼きもつけてくれよ。ソーセージ巻いたやつ。
- 母はにっこり笑いながら、まるで自然に部屋から出ていった。それっきり帰ってこなかった会社から帰る度に少し期待してみたがそれきり現われることはなかった
- 了