- 煙を吐く街、鉄の街、色の街、夜の街
細い路地は、向かい側の看板を叩き落とそうとするくらいせめぎあっている
熱をもった女 拡声器で大声を上げた
- 熟女
- おはようございます。昨日の夜はなまめかしい夜でございましたでしょうか?朝日がやけに目にしみて、ちょっとうつむき加減に歩くのは、“あらひょっとして?二人しか知らないあの部屋の出来事を、もしかして街のみんなは知っているんじゃないかしら?”なんて、あるわけない想像に、してやられる皆さん。
- 古いレコードが大音響で鳴らされる
それは懐かしいけど、今聞くとくすぐったいような ばかばかしいような歌
- 熟女
- おはようって目が覚めることよね。目が覚めるってことは現実が飛び込んでくるってことよね。てことはよ?昨日の夜、繁華街でちょっとイケてるおねえちゃんのナンパに成功して、なだれ込むようにしてベッドに連れ込んだけれど、朝日が差し込むと現実と後悔がこんにちは。
- 道行く人は 知らぬ顔
- 熟女
- ああ、夜のネオンはあきたけじょうでも美しく見せる。
- バタンとホテルの扉が開いて宿主が階段を駆け下りてくる
- 宿主
- ちょっと、ちょっと。
- 熟女
- 静かな住宅街に、ラブホテルはんたーい。
- 宿主
- これから稼ぎ時って時に「おはようございます」はないんじゃないの?
- 熟女
- これから稼ぎ時って時にやるから効果があるんでしょうが。
- 宿主
- せめて、朝にやってよ。その台詞は朝に通用するものじゃないの?
- 熟女
- やることやって、コトが終わってから文句たれたって何にもならないでしょうが。
- 宿主
- ああ、そうね、なるほどね。
- 熟女
- 今まさにチェック下ろして、右手で取り出そうとしている時に、いやがらせが効果を発揮するんでしょうが。やってスッキリ、シャワーなんて浴びられたら私の声まで洗い流されるでしょうが。
- 宿主
- あら、あら、その通りよね、ほんとにね。…なんて言うわけないじゃないの。馬鹿じゃないの、あんた。営業妨害で訴えてやる。
- 熱女 大きく息をすった
- 熟女
- 住宅街にそんなぴんくい建物はいらない。責任者でてこーい。
- 宿主
- いるじゃないの。
- 熟女
- あ?
- 宿主
- ここ。
- 熟女
- あんた?
- 宿主
- そう。
- 熟女
- へええ。
- 宿主
- へええ、じゃないの。
- 熟女
- 熱い夜でしたか。ああ、そうですか。何?ここで眠った一夜は特別ってか?
- 宿主
- 何?今、無視した?ねぇ、無視なの?
- 熟女
- 排除、排除、はい、排除。ばーか。おー。
- 宿主
- …は・はぁーん…あ、そう。
- 熟女
- 何?
- 宿主
- そういうわけね。は・はぁーん。
- 熟女
- 何?その外人みたいなノリは?
- 宿主
- いるのよね。
- 熟女
- 何?
- 宿主
- ドラマ的に言うと、「寂しい女」ってやつ?
- 熟女
- 誰が?
- 宿主
- どうりで、なんかひがんだ声だなーって、だなーって思ってたの。
- 熟女
- 誰がよ。
- 宿主
- そりゃ妨害したくもなるね。だって秋の夜長に一人っきりって虚しいもの。寂しいもの。
- 熟女
- ご町内のみな…あー、ちぇっくちぇっく。わんつー。
- 宿主
- 聞いてる?ねえ、聞いてる?
- 熟女
- ご町内の皆様、ご用心。この静かな住宅街のドマンナカにございますー、ラブホテルにはー、狂犬病の犬がいます。
- 宿主
- 犬は嫌いよ。
- 熟女
- ついでにシーツは1週間取り替えません。
- 宿主
- 失礼ね。毎日ブルーダイヤで洗ってるわよ。
- 熟女
- 極めつけー!そこのホテルのオーナーは隠し撮りしたビデオで毎日慰めている。
- 宿主
- …え?
- 熟女
- え?
- 宿主
- え?
- 熟女
- は?
- 宿主
- 何で?
- 熟女
- 何が?
- 宿主
- 何で知ってるわけ?
- 風が ただ通り抜けた
- 熟女
- あんた…。
- 宿主
- 何?
- 熟女
- 寂しいやつね。
- 宿主
- あんたに言われたくない。
- 熟女
- 長いんだもん。
- 宿主
- え?
- 熟女
- 秋の夜は。
- 宿主
- 中途半端だからいけないのよ。キアツが。カーッと熱くなるか、ゾーっと冷たくなるかどっちかならね。
- 風が ただ通り抜けた
- 宿主
- こうやって吹く風なんか気にならないのに。
- 熟女
- あっちの角の部屋は?
- 宿主
- え?
- 熟女
- どんなのが使ってる?
- 宿主
- あ?ああ、高校生じゃない?制服だったし。
- 熟女
- マニアってこともあるじゃない。
- 宿主
- それはないわ。女学院の制服だもの。あそこの制服あんまり手に入らないし。
- 熟女
- となりの部屋は?
- 宿主
- 会社帰りっぽかった。
- 熟女
- 不倫?
- 宿主
- ほとんどの部屋がそうよ。
- 熟女
- ふーん。
- 風がまた通り抜ける
- 宿主
- やっだ。冷えてきたじゃないの。
- 熟女
- あ…。
- 宿主
- 何?
- 熟女
- ほら、分からない?
- 宿主
- え?
- 熟女
- 匂い…。
- 宿主
- …あら、キンモクセイ?
- 熟女
- 風に乗ってくるんだ…。
- 宿主
- まあ、悪くないね。
- 熟女
- え?
- 宿主
- 窓締め切って、はげんでる奴らはこの香りに気づきもしないんだから。ちょっとお得。
- 熟女
- なんか…。
- 宿主
- 何?
- 熟女
- それも、ちょっとひがみっぽいけど。
- 宿主
- 悪かったわね。
- 熟女
- でも…その気持ち分かる。
- 風がどんどんキンモクセイを運んでくる
- 熟女
- お花見?じゃない、お花嗅ぎ?
- 宿主
- どうでもいいわよ、呼び方なんか。
- 熟女
- あー…。
- 宿主熟女
- いいかおり…。
- 二人とも、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ
熱女 吸い込んだ空気を声にした
拡声器で
- 熟女
- …半年前から別居している奥さんはどうして妊娠三ヶ月?
- 宿主
- まだやる気?
- 熟女
- もうやめるわ。馬鹿馬鹿しい。
- 熱女 拡声器をほおり出して ただ夜を歩き出した
キンモクセイの香りのするほうへ
- 了