- ひぐらしが鳴いている
- 女
- 氷イチゴちょうだい。
- 男
- ん。
- 女
- 今日も暑かったなぁ。
- 男
- こたえるわ、ほんま。
- 女
- もうかった?
- 男
- 平日はな。
- 女
- ん。
- 男
- いや、休日もな。
- 女少し笑った
- 男
- 夏のさかりにお寺参りもなあ。
- 女
- うん。
- 男
- 迎え火の頃にはにぎわう思うねんけど。
- 女
- うん。
- 男
- かなわんわ、こう暑いと。
- 女
- おっちゃん暑さで影うすなってるで。
- 男
- ほんま、溶けてなくなりそうや。
- 女
- ええとこやのにな、ここ。
- 男
- うん。
- 女
- 日影やとええ風吹くし。
- 男
- まあな。
- 女
- 気持ちええのに。
- 男
- 今日で4回りやな。
- 女
- え。
- 男
- いちご、メロン、レモン、いちご、メロン、レモン。
- 女
- うん。
- 男
- ほんまに、まあ、あきもせんと。
- 女
- 毎日。
- 男
- うん。
- 女
- ええおとくいさんやろ。
- 男
- 店ひけたら飲みに行くか。
- 女
- ええ大人が何いたいけな少女を誘ってんの。
- 男
- 少女って。
- 女
- 19やで。
- 男
- 未成年か。
- 女
- うん。
- 男
- 今時、未成年もないやろ。
- 女
- 不良やな。
- と女 少し笑った
- 男
- 俺の事もおっさん言いな。まだ30になったばかりや。
- 女
- 三十路やん。
- 男
- まあ、な。
- 女
- 若い、若い。
- 男
- ええ年した大人が何、氷いちご売ってんねんて思ってる?
- 女
- え。
- 男
- やりたい事あってな、この年でバイト暮らしはきついで。
- 女 少し笑った
- 男
- すまん、ちょっと語り入ってるか。
- 女
- (笑って)ううん。
- 男
- 19か、ええなあ。
- 女
- 今年も19、去年も19。
- 男
- え。
- 女
- 何か、昔話にそういうのなかった?
- 男
- 昔話、日本の。
- 女
- うん。
- 男
- 今年も19。
- 女
- そ、今年も19、去年も19、ぶーん、ぶーん。
- 男
- ぶーん、って何。
- 女
- 糸車やったかな。
- 男
- 糸車。
- 女
- 糸車がうたうねん。たぶん。今年も19、去年も19。
- 男
- 何やようわからんな。
- 女
- うん。
- と女 少し笑った
- 男
- 昔話いうたらな。
- 女
- ん?
- 男
- アメ買いにくる話知ってる?
- 女
- 何、何。
- 男
- 夜、小さなアメ売り屋さんのとこにな、若い女の人がアメ買いにくるねん。
- 女
- 怪談?
- 男
- (少し笑って)毎晩な、アメ一つだけ買って帰っていくねん。不審に思ったアメ屋のおっちゃんはな。
- 女
- うん、うん。
- 男
- おんなの後をつけていく、と、そこは墓場やった。
- 日暮らしは鳴きやんでいる
- 女
- うん。
- 男
- とある墓の前で女は消えてまうねん。腰を抜かしたアメ屋さん。
- 女
- 甘いもん好きの幽霊?
- 男
- いやいや。ふと、我に返って耳を澄ますと、かすかに聞こえるのは赤ん坊の泣き声。
- 女
- 赤ちゃん。
- 男
- 女の人は妊婦さんでな、死んでから赤ちゃんが生まれたんや。我が子ふびんな女の霊は夜毎、アメを買いに現れた、と。
- 女
- ふぅん。
- 男
- 夏らしい話を一つ。
- 女 少し笑った
- 男
- その糸車の話ゆうのも怪談か。
- 女
- あんまし、よう覚えてへんねん。覚えてるんは、
- 男
- 今年も19。
- 女
- 今年も19、去年も10、ぶーんぶーん。糸車が歌うねん。
- 男
- やっぱり何やわからんな。
- 女
- 女の人の声でな、歌うねん。
- 男
- え。
- 女
- もうじき忙しなるな。
- 男
- ああ、迎え火か。
- 女
- うち、人ぎょーさんおるん好かん。
- 男
- まあ、な。
- 女
- おっちゃんは商売あがったりか。
- 男
- おっちゃん言うな。
- 女
- 30。
- 男
- まだまだ。
- 女
- うちもまだまだ。
- 男
- 19…。
- 女 少し笑った
- 男
- なあ、自分、どこに住んでるん?
- 女
- あっち。
- 日暮らしの声
- 了