- ちか、ちか、ちか・・・。時計の針が動いている・・・。
速くなったり、遅くなったり、ときどき止まりそうになる。
・・と思うとまた動き出してみたり・・どうにも心許ない。
- 時計
- 調子が悪くなったので、なおしてもらうことにした。
針の先がなんだか重いし、ねじのところはぎしぎし言うし。
ときどき息切れもする。
最近。時間が経つのが妙に遅くなったのは、きっと気のせいじゃない。
うすうす気づいてはいたんだけれど、認めるのが怖かった。
だけどついに、ごまかしきれなくなってしまった。
修理に出かけることにした。
- 時計屋
- (脈を取る)うーん。
- 時計
- なんですか?
- 時計屋
- うーん。
- 時計
- はっきり言ってください。
- 時計屋
- 弱いなあ・・・。
- 時計
- え?
- 時計屋
- 何年になる?
- 時計
- はい?
- 時計屋
- 動き始めてから。
- 時計
- あ・・・。ええと・・・。
- 時計屋
- 100年近いだろう。
- 時計
- そんなになりますか・・・。
- 時計屋
- うん。ほろ見てごらん。ここのところ。すっかり切れてしまって・・。
これじゃあ、同じ速さで動くのは無理だよ。
- 時計
- ・・・自分では見えません。
- 時計屋
- ああ。見ないほうがいい。これはひどい・・
- 時計
- そんなにひどいんですか?
- 時計屋
- うん。
- 時計
- 時間かかりますか?
- 時計屋
- 時間かかってるだろ。正直にいってごらん。一日が36時間を越えてるはずだ。
- 時計
- あ・・・はあ・・・実はもうちょっと・・。いえ、そうじゃなくて・・・治るのに・・・
- 時計屋
- 治る?無茶言っちゃいけない。
- 時計
- え・・・・・?
- 時計屋
- 動いてるのが不思議なぐらいだよ。
- 時計
- 不思議・・・・
- 時計屋
- 隠してもしょうがない。率直に言おう。君の1日はこれからどんどん長くなる。今より短くなることはないし、どんなに手を尽くしても、正確に時を刻めるようにはもうならない。
- 時計
- そんな・・・あの、
- 時計屋
- 部品を取り替えても同じだよ。
- 時計
- ・・・・・
- 時計屋
- 時計屋にも、治せるものと治せないものがある。
- 時計
- ・・・・。
- 時計屋
- 故障にも、治るものと治らないものがある。
- 時計
- 僕は・・・・。
- 時計屋
- わたしが君にしてあげられることは何もないよ。
- 時計
- ・・・・・じゃあ・・・
- ぼーん、ぼーん、ぼーん。
- 時計屋
- 落ち着きなさい。今は8時だ。
- 時計
- 分かってます。まだこれ以上鳴らせないんです。僕は今3時なんです。しかもこれからどんどん遅くなる・・・。
- かち、かち、かち、不整脈。
- 時計屋
- そんなにあせるな。焦ると仕事にさしつかえるぞ。
- 時計
- 仕事って・・・
- 時計屋は後ろを、向いて、別の時計をなおし始めた。
- 時計
- 壊してください。
- 時計屋
- え?
- 時計
- せめてネジや文字盤になって、別の時計の役に立ちます。
- 時計屋
- ばか言っちゃいけない。正しく動けない時計の部品がなんの役に立つ。
- 時計
- ・・・・・。
- 時計屋
- 焼けをおこすのはやめなさい。冷静沈着に時を刻むのが君たちの仕事なんだから。
- 時計
- 冷静になったって、もう、僕には・・・・・
- 時計屋
- いろいろなひとが、いろんな理由で時間を尋ねる。
時計はいつも冷静に、それに答えなくてはいけない。
君が時計であるかぎり、君が刻んでいるのは時間なんだ。
- 時計
- 僕は、まだ時計なんですか?
- 時計屋
- だから壊すわけにはいかないんだよ。
- 時計
- 結局丸め込まれてしまった僕は、そのまま時計屋を後にした。
治ることも壊れることもできないまま、ひきつづき、時間を刻んだ。
ちかちかと慣れた音をたてていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。
時間を尋ねるとひとたちの姿が見えるようになってきた。
時計屋の言ったとおり・・・・
こんな僕にも時間を尋ねるひとはいた。
数字の欠けた針のゆるんだ僕の文字盤を見ているひとがいつもいた。
そのひとたちは僕の刻む時間だけをじっと見ていた。
僕は息切れしそうになりながら、間違った時間をよろよろと刻み続けた。
1日は40時間になり、60時間になり、100時間になり・・・正しい時計ではとうていはかることのできない長さになっていった。
僕が刻んでいるのはいったい何なのか、自分でもわからなくなってきた。
だけど、それでも僕の時間を必死で見ている人がいつもいた。
治療のしようのない僕の針はどんどんすり切れて動かなくなり、そしてある日完全に止まってしまった。
かち・・・・かち・・・・・・・・、かち・・・・・・・・・・・・。
静寂。
驚いたことに。
それでも僕を見ている人がいた。
止まってしまった僕の針は、「永遠」という時間を刻んでいた。
僕はまだ時計だった。
- 終わり