- ある夫婦の家
居間
TVの音
- 妻
- おはよう。
- 夫
- おはよう。
- 妻
- 起きてたんですか。
- 夫
- うん。
- 妻
- 早いね。
- 夫
- うん、何か眠れなくて。
- 妻
- じゃ、ずっと起きてたんですか?
- 夫
- いや、ま、ちょっとは寝たけど。
- 妻
- そうですか。
- 夫
- よく眠ってたよ。
- 妻
- 誰が。
- 夫
- 誰がって他に誰がいるの。
- 妻
- 私がですか。
- 夫
- そう。
- 妻
- 眠っちゃいけないんですか。
- 夫
- いけないことはないけど。
- 妻
- 何ですか、これ。何やってるんですか。
- 夫
- え?
- 妻
- テレビ。
- 夫
- 何かな。ニュースだね、何かの。
- 妻
- 観てないんですか。
- 夫
- 観てない。
- 妻
- ・・・・・。
- 夫
- 消すよ。
- TVの音消える
- 妻
- お茶飲みますか?
- 夫
- うん。
- 妻お茶を入れる
茶を飲む二人
- 妻
- いい天気ですね。
- 夫
- うん、空が青いね。
- 妻
- あとで散歩にでも行きますか。
- 夫
- うん、行こうか。
- 妻
- チョッキを出しますね。
- 夫
- チョッキ?
- 妻
- チョッキです。去年私が編んだんです。
- 夫
- ああ、あれ。セーターにしようと思って、なかなか出来なくて冬を越してしまったから、急遽チョッキになったヤツね。
- 妻
- チョッキじゃダメなんですか。
- 夫
- ダメじゃないよ。
- 妻
- 今年は何とかセーターにしますよ。
- 夫
- あれを?
- 妻
- ええ。新しく編み出したらまたすぐに冬が来て、チョッキになってしまいます。チョッキが二枚になってしまいます。無駄です。
- 夫
- でも、君が編んでる間、寒いよ。
- 妻
- 我慢してください。
- 夫
- うーん。
- 妻
- 私のマフラーを貸しますよ。
- 夫
- あそう。でもそれじゃ君が寒いよ。
- 妻
- 私は外に出ません。出ないであなたのセーター編むからいいんです。
- 夫
- そりゃ、君、体に悪いよ。たまには外にも出なきゃ。
- 妻
- じゃ、たまに出ますよ。ちょっとした散歩をしますよ。
- 夫
- その時は、その編みかけのセーターを着て、僕も外に出てもいいのかな。
- 妻
- いいですよ。
- 夫
- 編みかけだから、ほどけないように気をつけなきゃね。
- 妻
- ええ、気をつけてくださいね。みんなほどけちゃったりしたら、チョッキにさえならないかも知れないんですから。
- 夫
- そうしたら、寒い冬だものね、外には出られなくなるだろうね。
- 妻
- ええ、そうですよ。
- 夫
- ・・・気をつけなきゃな、本当。
- 妻
- ええ。
- 二人 茶を飲む
- 夫
- ところで今何時だい?
- 妻
- さぁ。時計はこの間、山本さんが持ってっちゃいましたから。
- 夫
- 誰だい山本さんて。
- 妻
- 電気屋さんですよ。
- 夫
- 電気屋が何でうちの時計を持っていくんだよ。
- 妻
- あなたがもう時計はいらないって言ったんですよ。
- 夫
- え?ぼくが?
- 妻
- そうですよ。
- 夫
- 何でそんなこと言ったんだろ。
- 妻
- 知りませんよ。
- 夫
- ・・・ま、必要ないって言えば、必要ないんだけどさ。
- 妻
- ええ。
- 茶をすする二人。
- 妻
- テレビでわかりませんか、時間。
- 夫
- テレビで。
- 妻
- ニュースとかで言いませんか、アナウンサーが。
- 夫
- ああ。
- 夫テレビをつける
アナウンサーがニュースを告げている
- 夫
- でも、何で電気屋が時計持って行くんだろ。
- 妻
- 山本さん、骨董屋さんに知り合いがいるんですって。ほら、あの時計、古かったでしょう、けっこう値打ちあるかもしれないからって。
- 夫
- ふーん。
- 妻
- ・・・ほんと、いい天気ですね。
- 夫
- ああ。うん、小春日和だ。
- 妻
- ・・・・・・ええ。・・・・・春に小春日和はないんですか。
- 夫
- 春のようにあったかい日って事だから、春以外の季節に使うんじゃないかな。
- 妻
- 夏も?
- 夫
- 夏はあったかすぎるよ。小春ってのは陰暦の十月のことなんだよ。だからま、冬だね。冬の日のあったかい日を小春日和って呼ぶんだよ。
- 妻
- へぇ。あなたよくそんなこと知ってますね。
- 夫
- 常識だよ常識。
- 妻
- でも、私たちは、今どの場所にいて、どの時代を生きて、どの季節に暮らし、一体何時何分なのかさえ、本当はわかってないんですよ。
- 夫
- だから。冬の日だよ。季節はわかる。
- 妻
- どうして。
- 夫
- 何となく、空の具合で。
- 妻
- ・・・空の具合ですか・・・。
- 夫
- うん・・・。
- アナウンサーがニュースを告げている
- 妻
- ・・・何か、大変ですね。
- 夫
- え?何が?
- 妻
- 何か、いろんな事があって。
- 夫
- うん・・・。
- 妻
- どうなるんでしょうね。世界情勢は。
- 夫
- うん・・・。どうなるんだろうねぇ。
- 妻
- ・・・何時のニュースか、わかりませんね。
- 夫
- そのうち言うよ、きっと。
- 妻
- ええ、・・・何か、この人、人の良さそうな人ですしね。
- 夫
- ・・・え?誰が。
- 妻
- この人。アナウンサー。
- 夫
- ああ。うん・・・・。
- TVの音
茶を飲む二人。
- 妻
- ・・・佐藤さんに似てますね。
- 夫
- 誰だよ、佐藤さんって。
- 妻
- あなたの会社の同僚で。
- 夫
- いないよ佐藤なんて。
- 妻
- そうでした?
- 夫
- いないって。
- 妻
- ・・・じゃ誰に似てるのかな。・・・誰かに似てますよ、この人・・・。
- 夫
- うん・・・。
- TVの音
茶を飲む二人。
- 了