- 地方のスーパーマーケットの特設会場
夫婦漫才師
人生善路・生恵舞子が余興でやってきた
ステージの前には子供がちらほら
少し距離を置いて主婦連中が「だれやねん」という眼差しで足をとめている
- お囃子
- 舞子
- はいどうもーー!!いやー、まー、こんな大勢の方に集まっていただいて、ねぇ。ま、私らも漫才やらしてもろてて、何が嬉しいって、やっぱり大勢のお客さんの前でやらしてもらうのが…。
- 善路
- どんな目しとんねん。
- 舞子
- え?
- 善路
- どんな目しとんのや!いうとんねん。
- 舞子
- どんな目って、いたって普通の目やで。顔の真中よりちょっと上の方に右と左にいっこずつ、こんな丸こーて、真中黒ーて、その周りが白ーて…。
- 善路
- 誰が目の説明せー言うとんねん。節穴か!お前の目は節穴か!どこが大勢やねん。
- 舞子
- いや、わかってますけど。
- 善路
- ちょっとお前、小学校の時の算数の先生呼んでこい!
- 舞子
- なんで?
- 善路
- 数の数え方教えなおしたる。
- 舞子
- いやいや。
- 善路
- な、大勢というのはな、手の指つこうても、足の指つこうても、数えられん、もういっぱいいっぱい、いっぱいいっぱいの人の人のことを大勢というのや。
- 舞子
- いや、わかってるけど。これまー言うたらパラパラ?まーパラパラしかご覧になってらっしゃいませんけど、「大勢」言うて逆のこと言うたら、まぁ面白いかなーと。
- 善路
- おもろない。これ何人おんねん。1人2人3人…。
- 舞子
- いや、数えんでええがな。
- 善路
- 4人5人…。
- 舞子
- 寂しなる。
- 善路
- 6人、子供は2人目から大人1人として数えるから…。
- 舞子
- バスちゃうねんから!
- 善路
- 7人8人。
- 二人
- (帰る姿を見つけて)こら、帰るな!!
- 善路
- そこの豹柄!豹柄のスパッツのおばはん!帰るな!もっと気ー使え!こっちは少ないいう話しとんねん。くいこんどる、くいこんどる、くいこんどる、腹の肉に豹柄巻きこまれとる。あーもー、ケツプリプリさせて…おーい。まだネタ始まってないんやぞー!
- 舞子
- まーいろんな方いらっしゃいますけど、もう気楽に観ていただいて…。
- 善路
- 責任者出てこ~~~い!
- 舞子
- 何の?
- 善路
- ここのスーパーの責任者出てこ~~~い!
- 舞子
- 何を怒っとんねやこの人は…。
- 善路
- どこや責任者?こっちは忙しスケジュール遣り繰りして、はるばる大阪から来とんのや。もっとましな客を、「おっ、こんだけようそろえたなー」ちゅう位集めとかんと!ここだけ異様に人口密度少ないがな。
- 舞子
- あら、大口叩いたでこの人は…ちゃうがな。ここはスーパーや。スーパーの余興。な、私らがお客さん呼ぶんでしょ。私らお目当てで大勢の人に来てもろて、漫才観てもろて、大いに笑ろてもろて、その帰りに、服なり食料品なり大勢の人に買うてもろて、いっぱいお金落としてもろて、そのいっぱいのお金で、(少し涙声)私らのギャラがいっぱい…(華をすする)まぁ、いっぱい…。
- 善路
- 貰えんのか?
- 舞子
- うん。貰われへん。グワ~~~(泣く)
- 善路
- おいこらーーー!嫁はん泣いてもたがなーーー!責任者出てこーい!おい責任者!ワシのかわいい嫁はん泣いてもたがなーー!
- 舞子
- うん、ごめんごめん。泣くことなかった。
- 善路
- 何がや。涙流しとるがな。お前のかわいい頬を涙が伝とるがな。
- 舞子
- ごめん。漫才師ってこと忘れてた。
- 善路
- え?
- 舞子
- 漫才しよ。
- 善路
- せやけどお前…。
- 舞子
- うん。ネタに戻ろ。私どうかしてた。自分で余興のシステムの説明しときながら、どんどん現実目の当たりにしてしまって、ちょっとグサッときてしまって…。
- 善路
- ええんか?
- 舞子
- うん。
- 善路
- 責任者一発殴らんでええんか?
- 舞子
- うん。そんなことせんとって。悪いのは私やから。
- 善路
- まー…お前がそな言うんやったら、ワシも折れなしゃーないんやけど…。
- 舞子
- ネタに戻ろ。
- 善路
- …おぅ…そやな…。
- 舞子
- はい。まぁちょっと恥ずかしいとこ見せてしまったんですけど、まー今日はスーパーのお客さんの前で漫才やらしてもらうということでして、まー今はディスカウント、ディスカウントで、競争激しくて。
- 善路
- はい。
- 舞子
- まー消費者の私らにとってはありがたいんですけど、これ経営者は大変やでー。
- 善路
- 大変ですか。
- 舞子
- 大変。競争相手がスーパーだけとちゃいますからね。
- 善路
- ちゃいますか。
- 舞子
- ちゃう。ファーストフード。量販店。これみなディスカウントや。
- 善路
- ほう。
- 舞子
- あと…知ってますか?ユニクロ。これが強敵や。
- 善路
- ユニクロ。
- 舞子
- そう、ユニクロ。まーあんたは腹黒やけどな。
- 善路
- ん?…誰がや。
- 舞子
- いや、あんたが。
- 善路
- 誰が腹黒や!
- 舞子
- いや…おたく…。
- 善路
- ちょっとまて。こんなこと言いたないけど、さっき泣いたお前を庇ったったんだれやねん。
- 舞子
- いやいや…。
- 善路
- 何がいやいやや?
- 舞子
- ネタ。
- 善路
- ネタでもや!あんな後にそんなこと言われたら誰かてカチンとくるやろ!
- 舞子
- せやけど…。
- 善路
- 他に泣いたお前を誰が庇うねん!ワシやろ。ワシだけやろ。
- 舞子
- いや、まーそれは嬉しかったけど…。
- 善路
- まーお前はかわいいから?…ワシとコンビ別れしても、引く手数多やけど…ワシはどうなんのや!…居らんのや。ワシにはお前しか居らんのや。
- 舞子
- そんなことないよ。
- 善路
- いーや、居らん。こんなワシとコンビ組んでくれるやつなんか日本中どこ探しても居らん。
- 舞子
- そんなことない!そんなことないよ!…あんたは…あんたはメチャクチャおもしろいやん。
- 善路
- いーーや。おもろない。ネタと分かってても切れてしまう漫才師のどこがおもろいねん!…ワシらの漫才は、ワシらの漫才は…お前のかわいさでもってるみたいなもんやろ。
- 舞子
- そんなことない!あんたメチャクチャおもろいやん。
- 善路
- どこがや。
- 舞子
- お風呂でアヒルのおもちゃと戯れてるあんたって、メチャクチャおもろいやん。…ニコニコしながら両手放しして自転車に乗ってるあんたって、メチャクチャおもろいやん。…雨降った次の日、黄色の長靴履いて水溜りピチャピチャしてあんたって、めちゃくちゃおもろいやん。
- 善路
- それ全部ワシの恥ずかしとこばっかりやないか!
- 舞子
- ううん。そんなことない。…メチャクチャおもろいねん。
- 善路
- 舞台と全然関係ないやないか。
- 舞子
- ええの。私がおもろいって言ってんねんから。…そんなおもろいあんたに惚れて、結婚して、漫才をやってんのやから。
- 善路
- …お前…。
- 舞子
- ええの。
- 善路
- まーお前がそこまで言うんやったら、まーワシはおもろい漫才師ということで折れたってもええけど…。
- 舞子
- ううん。折れんでええ。ほんまにおもろいねんから。
- 善路
- …おう…。
- 舞子
- 自信持って。
- 善路
- …おぅ…。
- 舞子
- 分かった?
- 善路
- …おぅ…。
- 舞子
- あんた。
- 善路
- なんだい。
- 舞子
- あんた。
- 善路
- なんだい。
- 舞子
- あ~んた。
- 善路
- な~んだい。
- 舞子
- 今日の晩御飯何にする?
- 善路
- そやなー……スーパーで買い物すんのもめんどくさいし、久しぶりにファミレスにでも行こか。
- 舞子
- ここで買わんのかい!
- 二人
- どうもおおきに。
- お囃子
- 了