- 郊外を走るJRの中
対面シートに男と女が座っている。
- 女
- なに考えてんの?
- 男
- いや、べつに。
- 女
- 当ててみましょうか?あなたはさっきからずーっと同じ事を考えてる。
「どうしてオレは電車に乗ってるんだろう。」
- 男
- <どうしてオレは電車に乗ってるんだろう。
- 女
- 「見知らぬ女と一緒に」
- 男
- <見知らぬ女と一緒に。>
- 女
- それからあなたは、ビデオを巻き戻して、今日のお昼にあなたが立っていた駅前の様子を思い浮かべる。そして注意深く検証するの。いったい何があったんだろうって。
- 男
- <いったい何があったんだろう。>
- 女
- ほらほら、また同じこと考えてる。堂々めぐりになってるわよ。
目を覚ませ、コースケ。
- 男
- <…コースケ。まるでナミエだ。本当にこいつはナミエにそっくりだ。コースケって言った後の勝ち誇ったようなあの表情。どこがナミエと違うかというと…えーと、えー……。
- 駅前の雑踏
- 女
- コースケ!
- 男
- わ!!
- 女
- あ、びっくりした?アハハハ…、コースケびっくりしてる。ごめんごめん、アハハハ…。
- 男
- ちょっとぉ…。
- 女
- だから謝ってるじゃないの。ごめんね。
- 男
- ………。
- 女
- あれ?怒った?
- 男
- いや…誰だっけ?
- 女
- え?
- 男
- ちょっと待てよ。…あー!いや、違う。えーと、どこかで会ったことある。えーと、えーと。あれ?思い出せない。
- 女
- あーあ、私ってそんなに印象薄い?
- 男
- いや、ね。もうここまで出かかってんだけどさ。ヒント下さい。
- 女
- もう…。あなたと12時に待ち合わせして、買い物に行く女。それが私よ。
- 男
- え?ナミエ?
- 女
- ナミエ。
- 男
- ナミエ…はまだ来てないよ。
- 女
- 私がナミエなんです。
- 男
- いや、だからね。…あ。わかった。
ナミエと同じジャンパー着てるからだよ。それでどっかで会った事あるなーって思ったんだ。
- 女
- ナミエのジャンパー、ほら、ナミエのネックレス、ナミエの時計、ナミエのスニーカー。
- 男
- …あんた、誰?
- 女
- ナミエ。
- 男
- ナミエじゃないよ。
- 女
- じゃあ、ナミエに頼まれてナミエの代わりに来たナミエのコピー。
- 男
- あいつ、何か企んでるのか?
- 女
- そうじゃないと思う。ナミエは遠くへ行ったのよ。
- 男
- はー?遠くへ行ってお星様になったとか?
- 女
- そうじゃなくて。仕事で遠くへ行くことになったから、今日来られないって。
- 男
- それで君を代わりによこしたっての?電話くらいかけて来ても良さそうだけどな。
- 女
- 携帯通じないんだって。
- 男
- え?そんなとこへ行っちゃったのか。
- 女
- さ。お買い物いこ。
- 男
- ああ…って、ちょっと待ってよ。お買い物って言ったって、あれだよ。そこのコンビニへ行って夕食のおにぎり買って、あと、レンタルビデオ屋をのぞいたりするだけなんだよ。
- 女
- いいじゃないの、いこ。
- 男
- あんたには悪いけどさ。オレ、一人で行くわ。
- 女
- な、なんでよ。どうしてよ、コーちゃん。
- 男
- なんかさ…。
- 女
- 落ち着かない。
- 男
- そ、そう。
- 女
- なじめない。
- 男
- そう。
- 女
- すぐ慣れるわよ。2ヶ月もあるんだからさ。
- 男
- 2ヶ月?!ナミエ2ヶ月も帰って来ないのか?!
- 女
- 大丈夫よ、心配しないで。あたしがちゃんとナミエの代わりするから。
- 男
- ナミエの代わりって、その、ビデオ屋寄ってからオレの部屋へ行くんだよ、いつも。
- 女
- それで?
- 男
- それで、その、ビデオ見ながらオニギリ食べてさ。えー、夜になるじゃないか。そしたら、えー、その、ベッドも恋しくなるし。あー、えへん、そのだね…。
- 女
- 今日初めて会ったのに、いきなり……?
- 男
- だから、そうじゃなくて…。
- 女
- 変態!
- 男
- ちょっと。声が大きいよ。みんなに見られてるよ。
- 女
- コーちゃん、見損なったわ、あなたのこと。
- 男
- だから、何言ってんだよ。君がナミエの代わりをするって言うからじゃないか。
- 女
- 誰でもいいの?
- 男
- 誰もそんな事言ってないよ。
- 女
- いいえ、誰でもいいみたいだった。女だったら誰でもいいぞ。ぐへへへへ。きゃー、けだものー!
- 男
- ちょっとちょっと、そうじゃないよ。そうじゃなくてさ、オレはさっき一人で行くって言ったじゃないか。な、ここで君とわかれて一人でコンビニ行くんだからさ、変なこと言わないでくれよ。
- 女
- お金、ないの?
- 男
- え?うん。ないよ。
- 女
- なんだ、早く言ってくれればいいのに。貸したげるよ、お金。
- 男
- どうするの?そのお金で。
- 女
- はじめてのデートなのよ。ちゃんとしたいんでしょ。コーちゃんも。さ、行こう。
- 男
- ちょっと待って。はじめてのデートってまさか。
- 女
- 映画見るとか。
- 男
- 勘弁してくれー。オレ、暗い所ダメなんだよ。
- 女
- あれ?ナミエとは行ったんでしょ。月に2回は映画見てたって言ってたわよ。
- 男
- それは昔の話。その頃いろいろ無理してたんだよ、オレ。映画の後イタメシ屋に行ったり、ショットバーに行ったり、大変だったんだよ。
- 女
- ネックレスを買ったり時計をプレゼントしたり。
- 男
- そうそう。オレ、すっごく苦労したの。わかる?
- 女
- わかる。ナミエも苦労したって言ってたわ。
- 男
- ナミエも?
- 女
- 映画もイタメシも、ショットバーも、実はあんまり好きじゃなかったのよね、ナミエ。
- 男
- お。はじめて聞くよ、その話。
- 女
- でもコーちゃんが連れてってくれるから行ってたわけ。嬉しかったって。
- 男
- なんだよ、それ。好きじゃなかったけど嬉しかったっての?
- 女
- そう。コーちゃんも無理してるのわかってたしね。映画がビデオに変わって、イタメシが焼肉を経由して、牛丼に変わり、コンビニのオニギリになってゆくと、ナミエ、凄く落ち着いたって言ってた。
- 男
- なんだ、オレと一緒じゃないか。
- 女
- 最初、大変だもんね。
- 男
- そ。なんかさ、知り合ってすぐの頃って、無理していろいろやりたくなるんだよね。日曜日ごとにどこかへ出かけたりしてさ。
- 女
- 何ヶ月かすると落ち着いちゃうけどね。
- 男
- 1年くらいするともう…。
- 女
- もう、なに?
- 男
- 空気みたいに普通になっちゃうね。
- 女
- 落ちついちゃって、また最初の映画から始めるのが面倒になってくる。
- 男
- え?ナミエがそう言ってたのか?
- 女
- ……コーちゃん。どっか行こうか、久しぶりに。
- 男
- どっかって?
- 女
- 電車に乗ってさ。2人で少し無理したり、苦労したりするわけ。
- 男
- ナミエ…。
- 女
- え?
- 男
- あ、間違えた。
- 女
- ふふふ、ナミエよ、ナミエ。下り線のホームに行って最初に来た電車に乗るの。
どう?
- 男
- うーん。結構いいかも知れない。
- 女
- 行こ。
- 男
- うん。…でさ。君は…誰なの?
- 汽笛
電車の中
- 女
- コーちゃん!また何か考えてる?
- 男
- あ、ごめん。
- 女
- 見て見て、ビルが消えて、家が消えてゆくとさ。夕日があんなにでっかく見えるよ。
- 男
- ここ、どの辺りなんだろう。
- 女
- さあ。
- 男
- ナミエってさぁ。
- 女
- なに?
- 男
- ………いや、何でもない。
- 了